2012-02-08

OIST研究員ら、世界に先駆け、アコヤガイのゲノム解読に成功 ~美しい真珠を生み出す仕組みの解明に道筋~

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)マリンゲノミックスユニット(教授:佐藤矩行、研究員:竹内猛、川島武士、小柳亮ら)は、東京大学やミキモトグループなどとの共同研究で、日本国内において明治時代から真珠の養殖に利用されているアコヤガイ(学名:Pinctada fucata)のゲノムを解読しました。研究成果は2012年2月7日に科学雑誌 DNA Research のオンライン版に掲載されました

[アコヤガイのゲノム解読]

 アコヤガイは軟体動物の二枚貝の仲間です。動物のゲノムは一般的に4〜6億塩基対からなりますが、二枚貝のゲノムは他の動物に比べて11〜30億塩基対と大きく、ヒトゲノム32億塩基対の約3分の1にも匹敵します。アコヤガイのゲノムは11.5億塩基対からなり、二枚貝の中では比較的小さいものの、これまでそのゲノムの解読は困難をきわめていました。

この度、OIST研究員らのグループは、このアコヤガイゲノムを、OISTの次世代型シーケンサーを駆使して世界で初めて解読することに成功しました。その結果、アコヤガイゲノム中には少なくとも23,000個以上のタンパク質を作り出す遺伝子が存在することが明らかになりました。そして、解読したゲノム中に、これまでに確認されている貝殻・真珠形成関連遺伝子が存在するか調べた結果、ほぼ全ての存在を突き止めることができました。つまり、得られたゲノム情報は、真珠ができる仕組みを解明する上で役立つほか、沖縄県で養殖されているクロチョウガイやシロチョウガイと比較することで、これらの生き物がどのようにして、黒や黄金など様々な色の美しい真珠を生み出すのか、そのメカニズムの解明につながると期待されます。

【アコヤガイゲノム解読の意義】

1. 真珠ができる仕組みの解明にむけて

 アコヤガイの貝殻は、外套膜(図1A, B)という組織から分泌されるタンパク質等の有機分の働きによって形成されます。貝殻の内面には、真珠層という文字通り真珠の光沢を生み出す層があります(図2)。外套膜が傷つくなどすると、表面の細胞が体の内部に落ち込むことがあります(図1C)。この細胞が増殖して袋状になり、袋の内部にタンパク質などを分泌すると、貝殻とおなじ成分の球状の物質が形成されます(図1D)。これが真珠です。

 真珠層は、炭酸カルシウムの層(厚さ約0.4マイクロメートル)と、タンパク質を主成分とする有機質の薄層(約0.02マイクロメートル)が規則正しく交互に積み重なっています(図3)。しかし、どのようにしてこのような精密な構造が作られるのか、未だわかっていません。また、真珠層は純粋な炭酸カルシウム結晶に比べて、約1000倍の強度があり、真珠構造は物質・材料科学の分野からも注目されています。さらに、アコヤガイ貝殻の内側を見ると、2種類の層(真珠層と稜柱層)があることがわかります(図2)。これらの層は、アコヤガイが分泌するタンパク質の働きによって作り分けられていると考えられていますが、その詳細な仕組みについては解明されていません。

 今回のゲノム解読によって明らかにされた遺伝子には、アコヤガイが作ることのできるタンパク質の情報が記されています。前述のように、真珠や貝殻の形成には、タンパク質が重要な役割を担っています。言い換えれば、ゲノムを解読したことにより、真珠・貝殻形成メカニズムに関わる全ての遺伝子情報が得られたことになります。この情報をもとに今後、実験・解析が進めば、真珠や貝殻のできる仕組みが解明されると期待されます。さらに、沖縄県で養殖されているクロチョウガイやシロチョウガイと比較することで、これらの生き物がどのようにして、黒や黄金など様々な色の美しい真珠を生み出すのか、そのメカニズムも解明されていくと考えられます。

2. アコヤガイの品質管理の基盤として

 アコヤガイゲノムには、トランスポゾン※1やマイクロサテライト※2という、特徴的な繰り返し配列が約10%存在していることが分かりました。これらの配列は、「DNAマーカー」として利用することができますので、養殖貝の品質管理・親子判別・品種改良など、水産業の現場で大変有用な情報となります。

3. アコヤガイを守るための基盤として

 ゲノム情報は、真珠だけでなく、アコヤガイの生態・生理を研究する上でも有用です。例えば、海洋の環境変動(水温の上昇や酸性化など)が、貝にどのように影響するのか、遺伝子のレベルで研究することが可能です。これは、カキ・ホタテ・シジミなど、他の貝類への影響を理解する上でも、貴重なデータになります。

4. 世界初の軟体動物ゲノム論文として

 軟体動物とは、カキ・アワビ・イカ・カタツムリなどを含む、海・河川・陸地など様々な環境に生息するきわめて多様な動物グループです。軟体動物には水産資源としても重要な生き物が数多く含まれているにも関わらず、これまではほぼ揃ったゲノム情報はありませんでした。そのために、他の動物グループに比べて研究が進んでいませんでした。本研究は、アコヤガイの研究にとどまらず、軟体動物がどのような動物群なのかを理解する研究の発展に役立つと期待されます。

竹内猛研究員のコメント:

 アコヤガイを用いた真珠養殖は、日本で発明され、発展しました。現在でも、真珠のできる仕組みを調べる研究は、日本が世界をリードしています。アコヤガイを含む貝類の研究は、これまではゲノムや遺伝子のデータが非常に限られていたことが大きな課題でした。今回のゲノム解読により、真珠研究にとどまらず、貝類の研究全体が大きく進展すると期待しています。

【発表論文詳細】

発表先および発表日:
「DNA Research(DNAリサーチ)」(2012年2月7日号) (電子版)

論文タイトル:
「Draft Genome of the Pearl Oyster Pinctada fucata: A Platform for Understanding Bivalve Biology」 (アコヤガイのドラフトゲノム解読:二枚貝の生物学の研究基盤として)

著者:
 Takeshi Takeuchi1, Takeshi Kawashima1, Ryo Koyanagi1, Fuki Gyoja1, Makiko Tanaka1, Tetsuro Ikuta1, Eiichi Shoguchi1, Mayuki Fujiwara1, Chuya Shinzato1, Kanako Hisata1, Manabu Fujie1, Takeshi Usami1, Kiyohito Nagai2, Kaoru Maeyama3, Kikuhiko Okamoto3, Hideo Aoki4, Takashi Ishikawa5, Tetsuji Masaoka6, Atushi Fujiwara7, Kazuyoshi Endo8, Hirotoshi Endo9, Hiromichi Nagasawa9, Shigeharu Kinoshita9, Shuichi Asakawa9, Shugo Watabe9, and Nori Satoh1

  1. 沖縄科学技術大学院大学
  2. ミキモト 真珠研究所
  3. 御木本製薬株式会社
  4. 三重県水産研究所 
  5. 三重大学 生命資源学研究科
  6. 水産総合研究センター 増養殖研究所
  7. 水産総合研究センター 中央水産研究所
  8. 東京大学 理学部
  9. 東京大学 農学部

プレスリリース(PDF)

お問い合わせ先

<研究に関すること>

学校法人沖縄科学技術大学院大学 (http://www.oist.jp)
マリンゲノミックスユニット
教授: 佐藤矩行
TEL: 098-966-8634     FAX: 098-921-3844 E-Mail: norisky@oist.jp
研究員: 竹内 猛
TEL: 098-966-8653  E-Mail: t.takeuchi@oist.jp

<OISTに関すること>

学校法人沖縄科学技術大学院大学 (http://www.oist.jp)
コミュニケーション・広報部 メディアセクション: 名取 薫
TEL: 098-966-8711(代表) TEL: 098-966-2389(直通) FAX: 098-966-2887
E-Mail: kaoru.natori@oist.jp

<沖縄科学技術大学院大学について>

沖縄科学技術大学院大学は、平成23年11月に設置された新しい大学院大学で、沖縄において世界最高水準の科学技術に関する教育研究を行い、沖縄の自立的発展と世界の科学技術の向上に寄与することを目的としています。現在までに、本研究を行ったマリンゲノミックスユニットを含め45の研究ユニット(研究員200名)が発足し、神経科学、分子・細胞・発生生物学、数学・計算科学、環境・生態学、物理学・化学の5分野において、学際的な研究活動を展開しています。また、国際ワークショップやコースの開催など、学生や若手研究者の育成にも力を入れており、これらの取組は国際的にも認知されています。大学院大学の開学は本年9月で、第一期生が入学予定です。

【研究の背景と詳細】

<背景>

 真珠は、万葉集の歌にも数多く詠まれていることからもわかるように、古来より日本人に愛され、重宝されてきました。1893年(明治26年)、御木本幸吉が初めてアコヤガイ養殖真珠の採取に成功して以来、真珠養殖業は日本の重要な水産業の一つに発展しています。

 ところが、1990年代前半の赤潮、90年代後半の赤変病の発生等により、真珠養殖業は大きな損害を被ることになりました。さらには、近年、国産アコヤガイと南方系アコヤガイの交雑化が急速に進んでいます。結果として、純国産のアコヤガイから得られる優れた品質の真珠が失われつつあります。

 そこで我々は、ミキモト 真珠研究所で維持されている、純国産系統のアコヤガイを用いて、ゲノム解読を行いました。得られるゲノム情報からは、国産アコヤガイ真珠がもつ、特有の輝きの秘密を解明できる可能性があるだけでなく、今後、日本在来種・純国産系統を維持管理する上でも、大変重要な遺伝情報となります。

 真珠はその美しさにより人々を魅了する一方で、貝が宝石を作り出すという事実は、科学者にとっては大変興味深い研究対象です。アコヤガイの真珠や貝殻のように、生物が固い組織を作る働きのことを、「バイオミネラリゼーション」といいます。アコヤガイを用いたバイオミネラリゼーションの研究は、日本が世界のトップです。事実、アコヤガイの貝殻形成に関わるタンパク質のほとんどは、日本人研究者によって発見されています(例えば、Miyamoto et al., 1996, Tsukamoto et al., 2004, Suzuki et al., 2009, Kinoshita et al., 2011)。

 日本の研究グループにより国産アコヤガイゲノムが解読されたことは、こうした歴史・研究背景から見ても大変意義深いことです。今後ゲノムデータが活用され、アコヤガイが日本発の「バイオミネラリゼーションのモデル生物」となることが期待されます。

<研究内容>

 ミキモト 真珠研究所の保有する純国産系統アコヤガイから精子を採取し、ゲノムDNAを抽出しました。フローサイトメーターによる測定の結果、アコヤガイのゲノムサイズは約11億5千万塩基対と見積もられました(ヒトの約1/3)。ゲノム解読には、OISTの保有するRoche 454 GS-FLX および Ilumina GAIIxの高速シーケンサーを用い、最終的にゲノムサイズの約40倍に相当する塩基配列情報を得ました。得られた配列はスーパーコンピュータを用いてアセンブル(再構築)し、アコヤガイのゲノム配列を得ました。また、遺伝子予測プログラムを用い、ゲノムから23,257箇所の遺伝子領域を推定しました。これらの情報は、OISTのウェブサイトで公開しています。

 アコヤガイゲノムから見つかった遺伝子には、貝殻・真珠形成に関わるものが含まれていると考えられます。実際、すでに知られている貝殻・真珠形成関連遺伝子が、ゲノム中に存在することを確認しました。一方で、アワビ(巻貝の仲間。二枚貝のアコヤガイとは系統学的にやや離れています)において貝殻形成に関わるとされる遺伝子は、アコヤガイからほとんど見つかりませんでした。アワビの貝殻にも真珠光沢がありますが、アコヤガイとアワビとでは、真珠層の形成メカニズムが異なると考えられます。

 また、アコヤガイのゲノム中には、トランスポゾン※1やマイクロサテライト※2等のリピート配列が約10%を含まれていることがわかりました。これらの配列をDNAマーカーとして利用することで、貝の品種改良・親子判別・品質管理等の効率化が見込まれます。

 我々はこれまでに2回、「アコヤガイゲノムジャンボリー」という研究集会を開催いたしました。この集会は、アコヤガイや他の軟体動物研究者に集まっていただき、得られたばかりのゲノム情報を皆で解析しながら議論する、というものです。第一回は2011年5月31日~6月2日にOISTにて、第二回は2012年1月17日~19日に東京大学農学部にて行いました。いずれの回も日本全国から多くの研究者に集まっていただき、計6日間ののべ参加人数は200名近くに達しました。このようにして、アコヤガイゲノム情報を研究者間で共有することで、アコヤガイと軟体動物の研究が大きく進展していくと期待されます。

用語解説

※1 トランスポゾン:細胞内においてゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列。
※2 マイクロサテライト:ゲノム中に散在する反復配列で、特に数塩基の単位配列の繰り返しからなる。

図1


A. アコヤガイの断面模式図。体の周りを外套膜がおおい、さらにその外側を貝殻が包む。黒枠部分を拡大したのが以下の図。


B. 貝殻と外套膜の断面模式図。


C. 外套膜表面の細胞が、何らかの原因で内部に落ち込む。


D. 細胞が増殖して袋状になり(真珠袋)、内部に貝殻と同じ成分が分泌されると、真珠ができる

図2 アコヤガイ貝殻 内側の写真
説明: Macintosh HD:Users:takeshitakeuchi:Desktop:120208_プレスリリース:写真:アコヤガイ貝殻内側.png

図3 アコヤガイ貝殻 真珠層断面の電子顕微鏡写真

広報や取材に関して:media@oist.jp