風変わりな生物「毛顎動物」がついに系統樹上に置かれる

ヤムシの系統発生学的な位置づけは、数百年にわたって科学者たちを悩ませてきましたが、OIST研究者らによってこの生物の適切な位置が正確に示されたことによって、進化上の重要な傾向が明らかになりました。

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概要 

 沖縄科学技術大学院大学(以下、「OIST」という。沖縄県恩納村 学長ピーター・グルース)分子遺伝学ユニットの研究者らは、海洋動物である毛顎動物(ヤムシ)の遺伝子情報をもとに、様々な方法で新たにらせん卵割動物※1の分子系統樹を作り直したところ、毛顎動物は輪形動物(ワムシ)や顎口動物などと共に、特殊な顎口を持つ動物群である「担顎動物群」を形成することが分かりました。本成果により、数百年にわたって科学者たちを悩ませてきた毛顎動物(ヤムシ)の系統発生学的な位置づけについて適切かつ正確な位置が示されることで、左右相称動物※2の進化上の重要な傾向が明らかになるとともに、時の経過につれて新しい形質を獲得することにより単純な祖先から複雑な生物が進化したという従来の考え方に異議を唱えています。本研究成果は、2019年1月10日(日本時間2019年1月11日午前1時)に学術誌 Current Biology(カレント・バイオロジー)電子版に掲載されました。

 

Black and white image of a long rod-like object with fine, curved spines protruding from the sides.
毛顎動物(ヤムシ)は、緻密なタンパク質のマトリックスとキチンと呼ばれる繊維質から構成される特徴的な顎の構造を有します。この動物の発生学的および形態学的特徴は曖昧で、系統樹上での位置づけが困難でした。
Photo: Zatelmar (Wikimedia)

研究の背景と経緯 

 毛顎動物(Chaetognath)はその名の通り「顎に毛のある」生物で、世界中でみられ、河口の汽水域や熱帯の海、深く暗い海底上で泳いでいます。ヤムシ(矢虫)という別名でも知られるこの生物は、カンブリア紀から存在していますが、進化の歴史における正確な位置づけは科学者にも長年解明できずにいました。

 研究者らは捕食性のヤムシと他のらせん卵割動物の関係について迫りました。らせん卵割動物クレード※3には、軟体動物や環形動物、扁形動物が含まれます。驚くべきことに、ヤムシはらせん卵割動物クレードには属しておらず、このクレードと姉妹関係にある新しい生物群を構成していることが明らかになりました。

 「ヤムシは捕食者であり、神経系を有し、感覚器を発達させてきました。しかし、ヤムシが含まれるグループの他の生物は、これよりはるかに単純です」と、本研究論文の筆頭著者であり、OIST分子遺伝学ユニットの研究員、ファディノン・マレルタス博士は語ります。「もしそのグループにヤムシを含めるなら、独立した複雑化が起こったのではなく、多数の独立した単純化が起こったのであろうことを意味します」。

 ヤムシとその系統発生学的に類縁な例えば輪形動物(ワムシ)として知られる微小動物は、外見は大きく異なるものの、その独特な顎の構造が共通しているように見受けられます。緻密なタンパク質のマトリックスとキチンと呼ばれる繊維質から構成されるこれらの顎は、口部の近傍にあって、獲物をしっかりつかむ役割を果たしています(写真)。

 本研究の上席著者であり、同研究ユニットを主宰するダニエル・ロクサー教授は、「ヤムシは小型海洋動物の中でもかなり曖昧なグループに属しており、ほとんどの人がよく知っている動物というわけではありません。この論文が出るまでは、これら別々の動物が、おそらくは互いに関連する顎をもつという事実は明らかになっていませんでした」と、話しています。

研究内容 

世界のヤムシ

 ヤムシに含まれるおよそ200種の生物は、小さな槍に似ており、短いものでわずか1ミリメートルから長いもので12センチメートルにおよびます。捕食者として主に小型の甲殻類(橈脚類)を食べますが、その際に鋭敏な振動感覚を利用して獲物を捕まえ、丸ごと飲み込みます。この奇妙な虫のような生物は、多くの形態学的および発生上の形質を他の動物と共有しており、そのため、進化の過程をたどることが難しいのです。

 「初期発生が共通である動物は、互いに関連があることが多いものです」と、ロクサー教授は説明します。ヤムシの特徴づけが研究者たちにとって困難であった理由の一つは、その初期発生パターンが不明瞭で、2つの主な動物群にみられるパターンのどちらにも似ているということです。「ヤムシをどちらかに正確に分類する方法はまったくありませんでした」。

 この2つの動物群は、後口動物※4と前口動物※5として知られています。どちらも口から肛門まで体を貫く1本の消化管を有します。初期発生において、後口動物の消化管は肛門側から形成されるのに対し、前口動物の消化管の形成は口から始まります。ヤムシの発生は後口動物と同様に肛門側からですが、形態学的および遺伝学的には前口動物に強く類似しています。

 この矛盾を解明するために、10種のヤムシのデータを集め、公表されている他の動物のデータと比較しました。これらの種についてトランスクリプトーム解析を実施することで、ある細胞において発現しているすべての遺伝子をとらえたスナップショットを得ました。サンプルとなったヤムシは、大西洋、Gullmarfjordフィヨルド(スウェーデン)、天草(日本)、マルセイユ(フランス)で採取されました。サンプルの採取および調製においては、アムステルダム大学のKatja Peijnenburg博士、三重大学の後藤太一郎教授及びOISTマリンゲノミックスユニットの佐藤矩行教授の支援がありました。

 比較の結果、ヤムシは前口動物スーパークレードの中に確かに位置づけられ、その中でさらに輪形動物や顎口動物、微顎動物といった微小動物を含むサブグループに属することが示されました。このグループ分けの予期せぬ結果として、すでに確立したその他のサブグループ間でシャッフルが起こったことは、前口動物における多くの類縁関係について系統樹上の位置づけは未確定であることを意味します。

 マレルタスは「少しばかり驚きました。ワムシやこれに類似するその他の動物とのこうした関連性については、まだ完全にはわかっていません。今後の研究で焦点となるでしょう」と、語っています。

今回の研究成果のインパクト・今後の展開 

前口動物、過去と未来 

 本研究は、ヤムシの新しいデータを集め、動物界のその他の生物の代表的サンプルと比較することによって、これまでの研究成果を更新したことになります。また今回、研究者らは、速やかに進化した系統ではなく、比較的ゆっくりと進化してきた進化系統に着目しました。進化の速い系統は、類縁関係が薄いもの同士であっても解析結果が類似する傾向があるため、こうしたバイアスを避けようとしたのです。

 マレルタスは将来を見据えて、ヤムシの形態学的研究がさらに進み、動物の系統発生学および身体的な特性について点と点を結ぶようにして全容が明らかになることを期待しています。例えば、担顎動物(有顎動物とも)クレードに象徴的な「毛の生えた顎」を作り出す遺伝子がどれであるか、また、他のどのような特性がこのグループを結びつけているのかはまだわかっていません。今後の研究で明らかになることが期待されます。

用語説明

※1 らせん卵割動物 受精卵が卵割(体細胞分裂)をして細胞の数を増やし、しだいに器官を作り上げていく動物群。

※2 左右相称動物  今から5.5億年前に、体の作りが左右相称な動物に進化が起こり、前口動物と後口動物という二つの大きなグループが生まれた。

※3 クレード    共通の祖先をもつと考えられる多様な動物の仲間。

※4 後口動物       原口またはその付近から肛門ができ、反対側の外胚葉が陥入して口ができる動物群。魚類、鳥類、両生類、爬虫類、そして我々ヒトを含む脊椎動物や、ウニやヒトデといった無脊椎動物も含まれる。新口動物ともいう。 

※5 前口動物    動物のもう一つ大きな仲間で、昆虫、クモ、ロブスター、プラナリアなどの無脊椎動物が含まれる。

研究ユニット

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