オニヒトデのゲノム解読

サンゴを食い荒らすオニヒトデ駆除に向けた生物科学基盤が確立しました。

   研究成果のポイント

  • 沖縄とオーストラリア・グレートバリアリーフの二箇所から、サンゴを食い荒らすオニヒトデのゲノムを解読(オニヒトデの全ゲノム解読は世界初)。
  • 5,000キロも離れた二つのゲノムが極めて似通っていることから、オニヒトデがごく短期間で広範囲に大量発生していることを示唆。
  • オニヒトデは、別のオニヒトデが発する誘引物質に反応し集まることを確認。
  • オニヒトデに特異なコミュニケーションの誘引物質候補を同定。
  • 誘引物質を受け取る側の受容体が「臭い」に関わるものであることを確認。
  • 生物科学に基づいた、有効なオニヒトデ駆除方法の開発に期待。

 

 概要 

   沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、オーストラリアの研究者と共同で、オニヒトデのゲノムを解読し、オニヒトデ同士が種に特異的なコミュニケーションに使っていると思われるタンパク質の候補の同定に成功しました。

   オニヒトデは沖縄やグレートバリアリーフの海でサンゴを食い荒らし、サンゴ礁保全の観点から甚大な被害を及ぼしています。特に沖縄では、この40年以上に渡り、年平均10万匹を人の手により一匹ずつ取り除くなど、オニヒトデの駆除に取組んできていますが、こうした活動では全ての海域を守ることは困難です。こうした中、本研究の成果により、オニヒトデの駆除及び制御に向けた生物科学的な第一歩が踏み出されたと言えます。

 本研究成果は、英国の科学誌Natureに掲載されました。

 

 

左:オニヒトデ(COTS)右:サンゴを捕食しているオニヒトデ。捕食後、手前のサンゴのように白化が生じる。
左:沖縄県環境科学センター(http://www.okikanka.or.jp/index.html) 右:オーストラリア国立海洋科学研究所(AIMS)(https://www.aims.gov.au/)

   研究の背景と経緯 

   サンゴ礁は、熱帯雨林とならんで、この地球上で最も豊かな生物多様性を育んでいます。海洋面積のわずか0.2%を占めるに過ぎないサンゴ礁には、海の生物全体の25〜30%が棲息します。しかし、地球環境の変動によってこの大切なサンゴ礁の減少や消滅が危惧されています。主な原因として挙げられているのは海水温度の上昇によるサンゴの白化ですが、もう一つ忘れてはならないのがオニヒトデによる食害です。

 沖縄県の報告によれば、沖縄では1957年頃からオニヒトデが大発生し始め、特に1970〜1980年の大量発生によってサンゴ礁に甚大な被害が出ました。また沖縄に限らず、日本から5,000 km離れた南半球のオーストラリア・グレートバリアリーフのサンゴ礁でも同様の現象が起き、オニヒトデが大量発生し、その食害によってサンゴ礁が大きなダメージを受けています。

 

 

後列左から、佐藤矩行教授、將口 栄一博士、前列左から、久田 香奈子さん、ケネス・バックマンさん
OIST

   オニヒトデには産卵期に集まってくるという習性があります。この特性をとらえるなどして、沖縄県では過去40年以上に渡り、県主導で漁師さんやNPO関係者などの協力を得て、250万匹近いオニヒトデを一匹一匹取り除くなどというやり方で駆除してきましたが、現在もオニヒトデの被害は甚大であり、駆除活動は継続されています。

 このような状況の中、OISTマリンゲノミックスユニットの博士課程学生ケネス・バックマンと佐藤矩行教授らは、生物科学的にこの問題に取組めないかと、オーストラリア国立海洋科学研究所(AIMS)、クイーンズランド大学と共同で、それぞれの得意技術を生かしてこの問題に挑戦しました。

   研究内容 

   (1) ゲノムの解読:沖縄本島 (OKI)およびオーストラリア・グレートバリアリーフ(GBR)のオニヒトデそれぞれ1個体からDNAを抽出し、次世代型DNAシーケンサーを駆使して、そのゲノムを解読しました。また、神経、管足、胃などさまざまな組織からRNAを抽出し、これも次世代型DNAシーケンサーを駆使して、それぞれの組織で発現する遺伝子を解析しました。その結果、オニヒトデのゲノムの大きさは約3.8億塩基対1(ヒトのおよそ10分の1の大きさ)で、そこに24,000個のタンパク質を作り出す遺伝子が存在することが分かりました。太平洋で広く分布するような海産無脊椎動物は、その集団が大きいために、DNA二重鎖の塩基配列の違い(ハプロタイプ:父方と母方からの配列情報の違い)から生まれる塩基配列の差が大きく(1.5〜3.0%)、このため高品質な配列情報集積が出来にくいという性質があります。しかし、オニヒトデのゲノムはこの差が小さく、非常に高品質な配列情報集積ができました(両鎖の違いはOKIで0.92%, GBRで0.88%程度)。驚いたことに、OKIとGBRの塩基配列は98.8%が同一で、両者のDNAが非常に似通ったものであることが分かりました。このことは、5,000 kmも離れた沖縄とオーストラリアに棲息するオニヒトデが同一の種類であり、その幼生がプランクトンとして海流に乗って運ばれるなどして、急速にその棲息区域を広げ、現在の大量発生に至っていることを示唆します。

   (2) 誘引行動の追跡:オニヒトデが生殖シーズンに集まるという習性について、これまでいくつか報告がされていました。これを確かめるためにY-迷路というY字型の水槽のような装置を作り、その中にオニヒトデを飼育した海水と正常の海水を流して実験をしました。すると、オニヒトデは有意に飼育海水に反応して行動を高めることが分かりました(動画を参照)。一方、オニヒトデを食する天敵であるホラガイを飼育した海水と正常の海水を流して調べてみると、オニヒトデは有意にホラガイ飼育海水に反応して逃げる行動に出ることも分かりました。つまり、オニヒトデは別のオニヒトデが出す因子(誘引物質)に反応することや、ホラガイからの物質も認識して行動することが確かめられたのです。

   (3) 誘引物質候補の同定:オニヒトデ飼育海水およびホラガイ反応海水の中から108個の誘導物質候補と思われる細胞外タンパク質を同定しました(71は集まってきたオニヒトデから、14は逃げるときのオニヒトデから、23は共通のものとして)。この内48個は酵素で、その80%近くは加水分解を触媒する酵素でした。また、37個は分泌タンパク質としてシグナル伝達に関わる分子で、その中の15個はエペンデミン関連タンパク質(EPDR)※2でした。ゲノムを調べるとさらに11個のEPDRを作り出す遺伝子の存在が分かりました。エペンデミン関連遺伝子は、オニヒトデゲノム中に重複して数を増やしており、分子系統学に解析してみると、他の動物に共通のエペンデミン関連遺伝子、棘皮動物に特異的エペンデミン関連遺伝子、オニヒトデに特異的エペンデミン関連遺伝子に特化していることが分かりました。さらに、このタンパク質のN末端※3にはシグナル配列があり、これらのタンパク質は体の外部に放出される可能性が非常に高いことが想定されます。

   (4) さらにこれらの因子を受け取る役割を担うものの候補として、臭いの関知に関連したGタンパク質受容体4が数多く同定されました。これらも種に特異的な進化をとげ、また神経、刺、管足などいわゆる外部刺激を受容するであろうと考えられる組織や器官で強く発現していました。

 

 

(上)一晩、逆Y字型の水槽のような装置に入れられたオニヒトデ。オニヒトデが集まるのは、水に含まれる誘因物資に反応しているものではないかと研究員は考え、二つの容器の枝分かれした各片側(左側容器は左下、右側容器は右下)において、水槽中のオニヒトデ群集の周囲にあった海水を流した。実験の結果、オニヒトデが有意に特定箇所に移動するのが確認された。このことから、オニヒトデが別のオニヒトデが出す因子(誘引物質)に反応することが示唆された。
オーストラリア海洋研究所(AIMS)(https://www.aims.gov.au/)

 

   今回の研究成果のインパクト・今後の展開 

 今回の研究はOISTとオーストラリアの研究チームが共同で、オニヒトデのゲノムを解読し、ゲノム中の遺伝子情報から、サンゴを食い荒らす天敵、オニヒトデを駆除するためのヒントが得られないかと始めたものです。その成果の一つは、「5,000kmも離れた北半球と南半球に大量発生しているオニヒトデのゲノム塩基配列がほとんど違わない」ということです。これは、海の底を這い回って生きている他の生物でではみられないことから、よほど最近に世界規模で分布を広げ大量発生したことになります。また、誘引物質の候補として、まずシグナルを伝えるものとしてエペンデミン様タンパク質などが、また、そのシグナルを受け取る側として、臭いの関知に関連したGタンパク質カップル受容体遺伝子が同定されたことです。これらの遺伝子は、オニヒトデゲノム内で重複して増えて特殊化しています。つまり、オニヒトデ同士だけの誘因に役立っているという可能性が高いと言えます。また、これらのシグナルに関連する遺伝子は刺、管足、口など、いわゆる体の外部に面したところで発現しており、オニヒトデが生殖シーズンに集まる習性を支えているこの動物にだけ特異的な分子候補が見つかったということになります。

 OISTの佐藤教授は、「今回の研究がすぐにオニヒトデ駆除に役立つかどうかはこれから検討されなければなりません。しかし、今回得られた結果は、これからオニヒトデ駆除をどう進めていくのかの幾つかのヒントを与えてくれています。それらを検討し、生かしていくのが大切だと思います。」と今後へ期待を示しました。博士課程学生のケネス・バックマンは、「研究成果を生かして、オニヒトデの生物学的駆除への利用を早い段階でテストしていけると思います。また一方で、質の高いゲノムデータを手に入れたことで進化発生生物学分野における重要な基礎的知見を提供することができたと思っています。」と研究の意義を述べました。

 

   用語説明 

※1 塩基対

DNAの構造単位。ヒトゲノムは約30億塩基対。

※2 エペンデミン関連タンパク質

エペンデミンはもともと魚類の脳脊髄液から単離された糖タンパク質で、魚の記憶などに関わるとして同定されたもの。その後、エペンデミン関連タンパク質がウニ・ヒトデなどの棘皮動物を含む様々に動物からも単離されている。タンパク質のN末端にシグナル配列があり、細胞外に分泌されると考えられている。脊椎動物では記憶に関係するのではないかと言われている。

※3 タンパク質のN末端

タンパク質は、多数のアミノ酸がペプチド結合によって直鎖上につながっており、鎖の始まりのN末端と、終わりのC末端がある。

※4 Gタンパク質結合受容体

タンパク質が細胞膜を7回貫通する特徴的な構造から7回膜貫通型受容体と呼ばれることもある。細胞外の神経伝達物質やホルモンを受容して、そのシグナルを細胞内に伝える。その際、Gタンパク質と呼ばれる三量体タンパクを介してシグナル伝達が行われる。ロドプシン様(光)受容体、ホルモン受容体、嗅覚受容体など様々なものがあり、全タンパク質中の最大のスーパーファミリーを構成すると言われている。

 

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広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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