私たちの遠い祖先の謎が明らかに!― ギボシムシのゲノムから考察する新口動物の起源 ―

OISTをはじめとする共同研究チームが2種類のギボシムシのゲノムを解読することに世界で初めて成功し、その成果が英科学誌ネイチャーに掲載されました。

 この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、広島大学をはじめとする日米を中心とした研究チームが2種類のギボシムシのゲノムを解読することに世界で初めて成功しました。その結果、今からおよそ5億4千万年以上前まで遡るヒトの祖先の進化に、咽頭部の器官形成能力の獲得が大きな役割を担ってきたことが明らかになりました。本研究成果は2015年11月18日号の英科学誌ネイチャー電子版に掲載されました。

ギボシムシとは
 ギボシムシは海底の砂泥の中で生活する無脊椎動物で、浅い海から深海にまで分布しています。和名の由来は、(ふん)とよばれる体の前端部分の形状が、寺や橋の欄干に使われる擬宝珠(ぎぼし)に似ていることからきています。英語では通称ドングリ虫(acorn worm)とよばれ、これも吻の形状からきています。ギボシムシの体全体は細長く、吻につづいて、襟部、体幹部と3領域から構成されています。体幹部の前半分に(えら)が開いていて、分類名の(ちょう)鰓類(さいるい)はこの大きく目立つ鰓部に由来します。ギボシムシは前端部の近くにある口から砂を食べ、鰓の部分で海水をろ過し、後端部の近くにある肛門から砂を排出します。海水浴などの際に多くの人が目にふれているのは、ギボシムシが排泄した砂が積もった糞塊です。体全体を覆う大量の粘液は鰓においてろ過に働くほか、砂の中の細菌からの防御の役割も果たすと考えられており、この粘液は臭化化合物を含むため、ギボシムシの多くは特殊な臭いを発します。

<研究の背景と経緯>
 ヒトを含む脊椎動物は、ホヤの尾索動物、ナメクジウオの頭索動物とともに脊索動物と呼ばれる動物群を構成しています。脊索動物に近縁な動物群としてウニやヒトデなどの棘皮動物、ギボシムシなどの半索動物がいます。棘皮動物と半索動物は発生様式の類似性などから歩帯動物(あるいは水腔動物)群と呼ばれており、この歩帯動物と脊索動物は発生の初期で消化管を作るときに、最初に陥入した部分(原口)が将来の肛門になり、口は後に新しく開くという共通点を持つことから、新口動物群※1と呼ばれています。つまりヒトは、今からおよそ5億4千万年以上前のカンブリア爆発※2に起源を発する新口動物の祖先、脊索動物の祖先、脊椎動物の祖先、哺乳類の祖先を通して進化してきたことになります(図1)。

 新口動物の共通の祖先については長らく議論が続いていましたが、これまでのいくつかの研究により、鰓裂(さいれつ)(鰓の裂け目の構造)が新口動物の共有派生形質なのではないかと考えられるようになりました。そこで、研究チームは生物の全遺伝情報であるゲノムの比較解析を行うことでこれを明らかにすることにしました。

新口動物の中で脊索動物および棘皮動物のゲノムはすでに2008年までに解読されていました。最後に残ったのが半索動物門に属するギボシムシのゲノム解読で、今回これに挑戦することとなりました。

<研究内容>
ギボシムシのゲノム解読

 本研究では、主として太平洋に棲息するヒメギボシムシ(Ptychodera flava)(写真1)と、主に大西洋に棲息するクビナガギボシムシ(Saccoglossus kowalevskii)(写真2)の2種のギボシムシのゲノムを解読し、他の生物と比較解析しました。ヒメギボシムシのゲノム解読にはOISTの次世代型シーケンサーを駆使しました。そして、半索動物では世界で初めてゲノム解読に成功したことになります。

 その結果、ギボシムシのゲノムには、Nkx2.1, Nkx2.2, Pax1/9, FoxAという4つの転写因子を作りだす遺伝子が1つのクラスターを作って保存されていることが分かりました。しかも、これら4つの遺伝子はすべて鰓形成部境界を特徴づける発現を示しており、FoxAは、鰓部のみを除いて発現し、他の3つは鰓部のみで発現します。この遺伝子クラスターは旧口動物ではその存在が認められませんでした。

 よって、これらの遺伝子群は、新口動物の祖先において生じ、形態的に際立った咽頭部(鰓部)の形成を制御する役割を担ってきたことが示唆されました。そこで、そのゲノム領域を「咽頭部形成遺伝子クラスター」と呼ぶことにしました。

新口動物特有の遺伝子
 さらに本研究では、鰓裂の獲得と同時に、新口動物の祖先が獲得した、新口動物に特異的な遺伝子について調べました。これには2 種のギボシムシを含む11 種の新口動物にくわえ、2種のギボシムシを含む11種の新口動物を入れて、34種の動物のデータを用いました。

 その結果、新口動物に共通する遺伝子として9000 弱の遺伝子群が同定されました。ヒトの手や鳥の羽、猫の足、イルカのヒレなどは形も機能も違いますが、発生上の起源は同じで、形態学的には相同関係にあるといいます。形態学と同様に、遺伝子が相同であるかどうかを、共通の祖先に由来するかどうかで調べることができます。

 今回の解析で、ヒトのゲノムにはこれら9000 弱の遺伝子群と相同性を示す遺伝子が少なくとも14,000存在することが明らかになりました。このことはつまり、ヒトはゲノムのおよそ70パーセントの遺伝子を新口動物の祖先と共有していることになります。9000弱の遺伝子群のうち、369は他の動物のゲノムには存在しません。

 この中から31 の遺伝子群について新口動物を進化的に特徴づける遺伝子の候補とした結果、新口動物はろ過摂食に必要な繊毛および粘液の進化も進んだことが示唆されました。

 つまり、新口動物の祖先はおそらく現生のギボシムシに似た生物で、繊毛、鰓裂、粘液を持ち、ろ過摂食に適した環境に棲息していたと考えられます。ギボシムシにおいては現生の生物においてもなお粘液と繊毛を利用したろ過摂食を行い、粘液に関連するタンパク質の多様化が続いていることも示唆されました。

<研究の意義・今後の展望>
 本研究でヒメギボシムシのゲノム解読の中心的役割を担った元OISTグループリーダーで現在筑波大学助教の川島武士博士は、「新口動物の進化の歴史は新口動物のゲノムに記されていると期待して解析を続けてきたが、今回の研究でまさにそれを裏づけるようなデータが、ギボシムシのゲノム解析から浮かび上がってきたと言えます」と語っています。

 一方のクビナガギボシムシのゲノム解読において主導的役割を果たしたOIST研究員のオレグ・シマコフ博士は、「今回の研究で、カンブリア爆発がもたらした生物種の多様化と、咽頭部形成と関連した新口動物の祖先に関する考察が、進化研究史上初めて可能になったことになります」と話しています。

 これまで脊椎動物の起源、脊索動物の起源と研究を進めてきたOISTマリンゲノミックスユニット主宰の佐藤矩行教授は、「脊椎動物をはじめとして多くの動物がどのように進化してきたのかという問題は、生物学の中でも最も解明が難しいものです。今回の研究は、鰓という構造を作りだす能力を獲得することによって、新口動物が進化の過程で旧口動物から分かれたということをゲノム科学的に証明する大発見となりました。ギボシムシのゲノムの中には、新口動物の進化や脊椎動物の起源の謎をとくカギがまだ沢山秘められていますので素晴らしいゲノム解読になったと思います」と語っています。

 OIST佐藤教授と20年前に、世界に先駆けギボシムシ研究を開始した広島大学大学院理学研究科附属臨海実験所の田川訓史准教授は、「今回のゲノム解読により、ギボシムシのような鰓を備えたろ過摂食の新口動物祖先像が明らかとなり、今後の左右相称動物の祖先像の解明に迫る大きな一歩となったと思います」と語っています。

<用語説明>
※1 新口動物と旧口動物
 動物は体づくりの初期過程で原腸(消化管の原基)を作る際に、原口から細胞が陥入していきますが、この原口が消化管の口になり後で肛門を開く動物と、原口が肛門になり後で口を開く動物がいます。前者を旧口動物(または前口動物)、後者を新口動物(または後口動物)と呼びます。旧口動物には、プラナリア、ミミズ、軟体動物、昆虫などが含まれます。新口動物には、棘皮動物(ウニやヒトデなど)、半索動物(ギボシムシやフサカツギなど)、脊索動物(ヒトやナメクジウオ、ホヤなど)が含まれます。

※2 カンブリア爆発
 化石記録の調査により、今からおよそ5億4千万年前の先カンブリア紀の終わりの地層から、現生の動物につながる生物化石がいっせいに出現することが知られている。この時期の動物の急速な放散を爆発にみたてて、「カンブリア紀の爆発(Cambrian Explosion)と呼ぶ。

プレスリリース(PDF)

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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