神経細胞の進化的起源はひとつ:クシクラゲで探究、長年の議論に結論

すべての動物で最初に分岐した系統の神経細胞を研究し、神経系の最も古い性質とその誕生の謎に迫る重要な手がかりが得られました。

Into the brain of comb jellies: scientists explore the evolution of neurons

神経系の特殊な細胞である神経細胞(ニューロン)は、おそらくこれまでに誕生してきた細胞の中で最も複雑な細胞といえるでしょう。人間の神経系は、膨大な量の情報を処理し、伝達することができます。しかし、このような複雑な細胞がどのように生まれたのかについては、長年議論が交わされてきました。

このほど、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、筑波大学下田臨海実験センターおよび公益財団法人サントリー生命科学財団などの研究チームは、最古の神経系で機能していたと考えられる伝達物質(細胞間のシグナル伝達を担う分子)の種類を明らかにしました。

科学誌Nature Ecology & Evolutionに8月8日に発表された本研究論文では、動物系統の初期に分岐したクラゲやイソギンチャクなどの刺胞動物と、クシクラゲなどの有櫛(ゆうしつ)動物の2系統では、神経系に重大な類似性があることが明らかにされました。これにより、神経細胞が誕生したのは一度のみであるという仮説が再び有力になりました。

古代の動物の神経系は、単純なものであったと考えてられていますが、その詳細はほとんど知られていません。複雑な動物が出現する前に分岐した4つの動物系統のうち、最初に分岐したクシクラゲと、最後に分岐した刺胞動物のみが神経細胞を持つことで知られています。クシクラゲの神経系は、刺胞動物や複雑な動物に見られるものと異なっており、さらにこれらの2系統の間に分岐した別の2系統には、神経細胞が存在していません。このため、神経細胞が2度誕生したという仮説を唱える科学者もいます。

How neurons first evolved is a long-standing debate. Some scientists believe that neurons evolved once and was then lost in some animal lineages (origin points shown in green). Others believe that they evolved twice, one time in the lineage that led to the rise of comb jellies, and a second time in the lineage that led to cnidarians and more complex animals (origin points shown in purple).
神経細胞(ニューロン)の誕生については長年議論が交わされてきた。神経細胞が誕生したのは1度きりで、その後一部の動物系統で失われたと考える科学者もいれば、神経細胞は2度誕生しており、最初はクシクラゲにつながる系統で、2度目は刺胞動物や複雑な左右相称動物につながる系統で起きたと考える科学者もいる。
神経細胞(ニューロン)の誕生については長年議論が交わされてきた。神経細胞が誕生したのは1度きりで、その後一部の動物系統で失われたと考える科学者もいれば、神経細胞は2度誕生しており、最初はクシクラゲにつながる系統で、2度目は刺胞動物や複雑な左右相称動物につながる系統で起きたと考える科学者もいる。

しかし、OISTで進化神経生物学ユニットを率いる渡邉寛准教授は、その仮説に異論を唱えます。

「確かに、クシクラゲには、より進化を遂げた動物系統で見られる神経タンパク質の多くが欠如しています。しかし、そのことが神経細胞がこれらの動物の祖先で独立に2度誕生したことを示す十分な証拠になるかというと、そうとは言えないと私は考えています。」

この研究において、渡邉准教授は古代から存在する様々な神経伝達物質群に注目しました。「神経ペプチド」と呼ばれるペプチド(アミノ酸が繋がってできた化合物)は、神経細胞で合成された長いペプチド(長鎖ペプチド)が消化酵素によって短く切断されてできた短鎖ペプチドです。これらは、刺胞動物の主要な伝達物質であり、ヒトなどの複雑な動物においても神経伝達にける役割を担っています。

しかし、これまでの先行研究では、複雑な動物の神経ペプチドに似たものをクシクラゲから発見することはできていません。渡邉准教授はその主な理由として、成熟した短鎖ペプチドに対応するDNA配列が短く、さらに古代の系統では変異が数多くみられるため、DNA配列の比較によってペプチドを見つけることが非常に難しいことを挙げています。人工知能により、神経ペプチドの可能性がある候補遺伝子は報告されていましたが、これまで実験による検証は行われていません。

渡邉准教授の研究チームは、新たな切り口でこの謎に挑みました。海綿動物、刺胞動物、クシクラゲからペプチドを抽出し、質量分析法を用いて短鎖ペプチドの探索を行いました。 その結果、刺胞動物とクシクラゲから28個の短鎖ペプチドを発見し、それらのアミノ酸配列を決定することができました。

成熟ペプチドの構造が明らかになったことで、蛍光顕微鏡でそれらの観察が可能となり、刺胞動物とクシクラゲでこれらのペプチドを産生している細胞が明らかになりました。

クシクラゲでは、神経ペプチドを発現する細胞の一部から神経突起と呼ばれる細い突起が伸びており、従来の神経細胞と似た形をしていることを発見しました。

しかし、この短鎖ペプチドは、神経突起を持たない別のタイプの細胞でも作られていました。研究チームは、この細胞は、初期の神経内分泌細胞(神経細胞からシグナルを受け取り、ホルモンなどのシグナルを体内の他の器官に放出する細胞)ではないかと考えています。

研究チームはさらに、刺胞動物とクシクラゲの神経細胞で、どのような遺伝子が発現しているかを比較しました。その結果、両方の神経細胞とも短鎖神経ペプチドを持っているだけでなく、神経細胞の機能に不可欠な他の複数のタンパク質も同じように働いていることが明らかになりました。

渡邉准教授は、次のように述べています。「刺胞動物のペプチドを発現する神経細胞が、複雑な動物が持っているものと同じであることはすでにわかっていましたが、この研究でクシクラゲの神経細胞も類似した『遺伝子シグネチャー』を持っていることがわかり、これらの神経細胞の進化的起源が同一であることが示唆されました。言い換えれば、神経細胞が誕生したのは一度だけである可能性が高いということです。」

つまり、ペプチドを発現する神経細胞が最も古い働きを持っており、化学的な神経伝達物質が後に発生したのであろうと、渡邉准教授は付け加えています。

今回の発見から、自身の研究の中心に据える非常に興味深い問いが生まれたと渡邉准教授は考えています。

「この仮説が正しければ、私が最も知りたいことは、ペプチドを発現する神経細胞はどこから来たのか、なぜ古代の動物は神経細胞を作り出す必要があったのかということです。今回、最古の神経細胞がどのようなものであったかが明らかになりました。今後は、さらにそれ以前に存在していた祖先的な細胞の機能についての研究を始めたいと思います。」

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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