次世代太陽電池材料の弱点克服を目指して

英国と日本の共同研究チームは、太陽電池の安価な代替材料のひとつ「ペロブスカイト」の効率を制限してしまう小さな欠陥が、材料の構造変化にも関与しており、経年劣化を引き起こしていることを明らかにしました。

Secret to treating ‘Achilles’ heel’ of next-generation material for solar cells revealed

[ケンブリッジ大学との共同プレスリリース]

この度、英国と日本の共同研究チームは、太陽電池の安価な代替材料のひとつ「ペロブスカイト」の効率を制限してしまう小さな欠陥が、材料の構造変化にも関与しており、経年劣化を引き起こしていることを明らかにしました。

ペロブスカイトは、エネルギー効率の高いLEDやX線検出器などの光電子工学への応用が期待されていますが、寿命が限られています。研究チームは、太陽光下でのペロブスカイトの経年劣化プロセスを再現し、その変化の様子をナノスケールで観察することで、ペロブスカイトの新たな知見を得ることに挑みました。

この研究成果は科学誌Natureに掲載され、長寿命で実用化レベルのペロブスカイト太陽電池開発を大幅に加速させると期待されています。

結晶シリコンに比べ、ペロブスカイト材料は豊富に存在し、加工費もはるかに安価です。材料をインク状にして、印刷するように簡単に薄膜を作ることが可能です。

ペロブスカイト太陽電池のエネルギー出力は、従来のシリコン太陽電池と同等であり、多層構造のタンデム型においては、シリコン太陽電池の効率を上回ることもあります。しかし、寿命が限られていることが実用化への大きな課題となっています。

住宅の屋根に設置されている一般的なシリコン系太陽電池は、通常20〜25年程度は性能が大きく低下することなく使用できます。

ペロブスカイト太陽電池は低コストで製造できるため、製品寿命が短くても市場機会の可能性はあります。しかし、真の脱炭素社会の実現のためには、少なくとも製品寿命を10年以上に改善する必要がありますが、未だシリコン系太陽電池と同等の安定性を備えたペロブスカイト太陽電池の開発に成功した例はありません。

そうした中、ケンブリッジ大学と沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、ペロブスカイト太陽電池の弱点克服の秘訣を明らかにしました。

英国オックスフォードシャー州のシンクロトロン(粒子加速器)施設「ダイヤモンド・ライト・ソース」、電子物理科学イメージングセンター(ePSIC)、そしてケンブリッジ大学材料科学・冶金学科の協力の下、研究チームは、高空間分解能技術を用いることにより、ナノスケールにおけるペロブスカイト薄膜の特性や、太陽光照射による経時変化の観察に成功しました。

これまで本研究チームは、同様の手法を用いて、ペロブスカイト太陽電池の性能低下の原因である「キャリアトラップ」と呼ばれる欠陥を研究してきました。

本研究論文の共著者であるケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所のスチュアート・マクファーソン(Stuart Macpherson)博士は、次のように述べています。「ペロブスカイト膜に光を当て、太陽電池デバイスの経年劣化をシミュレーションしたところ、ナノレベルで観察したトラップクラスターにおいて大変興味深い変化が起きていることがわかりました。同時にこの変化は、膜の光劣化に関連していることも明らかになりました。この発見により、ペロブスカイト太陽電池のエネルギー効率を制限する電荷キャリアトラップは、デバイスの経年劣化にも直接的に関係していることが分かりました。」

ケンブリッジ大学化学工学・生命工学科およびマレー・エドワーズ・カレッジの共著者、ティアナン・ドハティ(Tiarnan Doherty)博士は、次のように述べています。「表面にトラップが形成される問題を解決できれば、デバイスの性能と長期間にわたる安定性が同時に向上できるという可能性が示唆されました。本研究成果は大きな発見といえるでしょう。」

研究チームは、太陽電池を作製する際、化学組成やペロブスカイト膜の形成方法を調整することで、悪く作用する相の数を制御し、ひいてはデバイスの劣化を抑制できることを明らかにしました。

「安定性の高いデバイスでは、組成や構造に微妙な変更が加わることで、偶然的に悪く作用する相の密度が低くなっているようです。今回の論文で、より合理的で的を絞ったアプローチが明らかになり、最高の安定性と性能を備えたデバイスを実現できると期待しています」とドハティ博士は話します。

研究グループは、今回の研究成果が、事業化可能なペロブスカイト製太陽電池の開発を加速させると期待しています。

本研究を率いたケンブリッジ大学化学工学・生命工学科のサム・ストランクス(Sam Stranks)博士は、次のように述べています。「すでにペロブスカイト太陽電池の生産は始動しており、実用化の途中にあります。今回の研究成果から、ナノスケールであっても不要な相が製品寿命に悪影響を及ぼしていることが分かりました。これらの不要な相をなくすためには、一般的に考えられているよりも広範囲にわたって構造と組成を注意深く調整する必要があります。このような取り組みは、基礎研究の成果を製造業にスケールアップさせるという素晴らしい例になるでしょう。」

共著者であるOISTフェムト秒分光ユニットのケシャヴ・ダニ(Keshav Dani)准教授は、次のように述べています。「OISTとケンブリッジ大学が過去数年にわたって構築してきた手法により、残留する微小で不要な相とそれらの経時変化の可視化に成功することができました。実用的なデバイスの開発に向けて研究を進めていく中で、これらの技術が、太陽電池デバイスの性能限界を解明し、実用デバイスの研究へとつなげていきたいです。」

マクファーソン博士は次のように締めくくります。「ペロブスカイト型太陽電池のもうひとつの強みは、単結晶シリコンを加工するインフラがない国でも製造が可能であることです。シリコン型太陽電池は長期的には安価ですが、加工を開始するために多額の初期投資が必要です。しかし、ペロブスカイト太陽電池は、溶液処理が可能で印刷も容易である上に、使用する材料も非常に少ないため、初期コストがかかりません。太陽エネルギーへの移行を目指す国々にとって、ペロブスカイト太陽電池は現実的な選択肢となります。」

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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