ストレスに強いマングローブの遺伝子の秘密を解明

マングローブは「動く遺伝子」と呼ばれる転移因子などの遺伝子活性の変化を利用して、ストレス耐性を高めていることが、新たな研究で明らかになりました。

本研究のポイント

  • 過酷な環境で生育するマングローブは、ストレス環境に対する驚異的な耐性を進化させてきた。
  • 今回、研究チームは、3億900万の塩基対と推定34,403個の遺伝子を持つオヒルギ(Bruguiera gymnorhiza)というマングローブのゲノムを解読した。
  • オヒルギは、これまでに知られている他のマングローブよりも大きなゲノムを持ち、その4分の1はトランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝子」、つまり転移因子で構成されている。
  • 研究チームは、塩分濃度の高い環境と低い環境で育ったマングローブの遺伝子活性を比較した。
  • 塩分濃度の高い環境で育ったマングローブでは、トランスポゾンの活性が抑えられ、ストレス応答遺伝子の活性が高まっていた。

概要

マングローブが生育するのは、陸と海の境界で、塩分濃度の急激な変化と酸素量の低さが特徴的な厳しい環境です。ほとんどの植物にとって、このような環境での生育は不可能ですが、マングローブはこのような過酷な環境のストレスに対して驚くべき抵抗力を進化させてきました。

この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、オヒルギ(Bruguiera gymnorhiza)というマングローブのゲノムを解読し、同種がストレスに対処するためにどのように遺伝子を制御しているかを明らかにしました。科学誌New Phytologistに掲載された本研究成果は、他の植物のストレス耐性を向上させることに役立つ可能性があります。

本研究の筆頭著者でOISTの植物エピジェネティクスユニットの研究者であるマティン・ミリェガネ博士は、次のように述べています。「マングローブは、さまざまなストレス要因に自然に対処しているため、ストレス耐性の背景にある分子メカニズムを研究する上で理想的なモデルシステムです。」

マングローブ林は、海岸侵食を防ぎ、水中の汚染物質をろ過し、沿岸の生活を支える魚類などの生物の生育場所となっており、地球にとって重要な生態系です。また、一定域内で熱帯雨林の4倍もの炭素を蓄えるため、地球温暖化に対しても重要な役割を果たしています。

しかし、このように重要なマングローブ林ですが、かつてないほどの速さで伐採が進んでおり、さらに人為的ストレスや海面上昇の影響により、わずか100年ほどで消滅すると予測されています。また、これらの生態系の保全に役立つ遺伝情報は、これまでのところ限られています。

OISTの創設に尽力した故シドニー・ブレナー博士の助言により、2016年にこのマングローブプロジェクトが始動し、沖縄県内のマングローブの調査が行われました。研究チームは、マングローブの一種であるオヒルギは、塩分濃度の高い海側の個体と、川の水がより多く混ざった河川側の個体に顕著な違いがあることを発見しました。

論文の責任著者で植物エピジェネティクスユニットを率いる佐瀨英俊准教授は、次のように述べています。「オヒルギには驚くほどの違いが見られました。海側では、樹高が1~2メートル程度だったのに対し、河川側では7メートルもの高さに達していました。しかし、樹高が低い木は不健康ではなく、正常に花も咲き、実もなっていました。したがって、この変異は適応的なものであり、これによっておそらく塩分ストレスを受けた植物が厳しい環境に対処するためにより多くの資源を投入できるようになったのだと考えられます。」

海側で生育するマングローブ (左)は高い塩分濃度にさらされ、樹高が低く、河川側のマングローブ (右)は塩分濃度が低い汽水域にあり、樹高が高く、幹が太く、葉も大きい。これらの木の調査は、マティン・ミリェガネ博士(写真)のチームによって行われた。

生物が生涯を通して行う環境への適応は、遺伝子配列の変化を伴う長期的な進化的適応とは異なり、エピジェネティックな変化を介するものです。エピジェネティックな変化とは、DNAに化学的な修飾を施し、さまざまな遺伝子の活性に影響を与えるもので、環境からの刺激やストレスに対するゲノムの応答を調整します。植物のように、より快適な環境に移動することができない生物は、生存する上でエピジェネティックな変化に大きく依存しています。

研究チームは、ゲノムがどのように制御されているかを詳しく調査する前に、まずマングローブのオヒルギ(Bruguiera gymnorhiza)からDNAを抽出し、ゲノムを解読しました。その結果、3億900万の塩基対と推定34,403個の遺伝子があることを発見しました。これは、これまでに知られている他のマングローブ樹種よりもはるかに大きなゲノムでした。この大きさの原因の大部分は、DNAのほぼ半分を占める反復配列によるものです。

研究チームがこの反復DNAの種類を調べたところ、ゲノムの4分の1以上がトランスポゾン、つまり「動く遺伝子」と呼ばれる遺伝因子で構成されていることが判明しました。

佐瀬准教授は次のように説明しています。「活性のあるトランスポゾンは、コンピュータのカット&ペーストやコピー&ペースト機能のように、ゲノム内の位置を『動く』ことができる転移因子です。ゲノム内にトランスポゾン配列の複製を多く挿入して反復DNAを蓄積します。」

トランスポゾンは、ゲノム進化の大きな要因であり、遺伝子の多様性をもたらすものですが、諸刃の剣でもあります。トランスポゾンの移動によってゲノムに乱れが生じると、特に植物がすでにストレスを受けている場合には、利益よりも害がもたらされる可能性が高くなります。そのため、一般的なマングローブは他の植物よりもゲノムが小さく、トランスポゾンが抑制されています。

しかし、オヒルギ(Bruguiera gymnorhiza)に関しては必ずしもそうではありませんでした。研究チームは、同種が他の種よりも祖先種に近いため、ストレス環境下でトランスポゾンを効率的に抑制する方法を持つに至る進化を遂げていないのではないかと推測しています。

そして、トランスポゾンを含む遺伝子の活性が、塩分濃度の高い海側の個体と、塩分濃度の低い河川側の汽水域の個体の間でどのように異なっているかを調べました。さらに、実験室で海側と河川側の塩分濃度を再現し、2つの異なる条件下で育てたマングローブの遺伝子活性を比較しました。

塩分濃度の違いによる影響を調査するため、実験室で条件を管理し、マングローブを育てた。

結果として、海側の個体と実験室の高塩分濃度の環境で育った個体の両方において、トランスポゾンの活性を抑制する遺伝子の発現量が高く、通常トランスポゾンの活性を促進する遺伝子の発現量が低下していました。また、トランスポゾンに着目すると、その活性を低下させるDNAの化学的修飾が行われていることを示す証拠が見つかりました。

ミリェガネ博士は、「これは、トランスポゾンの抑制が塩分ストレスに対処するための重要な手段として関与していることを示しています」と述べています。

また、水分が不足しているときに活性化する遺伝子など、植物のストレス応答に関わる遺伝子の活性が強化していることも確認されました。また、遺伝子の活性化は、ストレスを受けた植物の光合成量が低いことも示していました。

今後の研究では、季節や気温、降雨量の変化が、マングローブのゲノムの活性にどのような影響を与えるかを調査する予定です。

佐瀬准教授は、次のように締めくくっています。「今回の研究は、マングローブが極度のストレスに対してどのようにゲノムを制御しているかについて、新たな知見を提供する基盤となるものです。このような遺伝子活性の変化が、植物の細胞や組織内の分子過程にどのような影響を与えているのかを理解するためには、さらなる研究が必要であり、その研究によって、ストレスにうまく対応できる新しい植物株をいつの日か作り出すのに役立つかもしれません。」

発表論文詳細

論文タイトル:De novo genome assembly and in natura epigenomics reveal salinity-induced DNA methylation in the mangrove tree Bruguiera gymnorhiza
発表先: New Phytologist
著者: Matin Miryeganeh, Ferdinand Marlétaz, Daria Gavriouchkina, Hidetoshi Saze
DOI: https://doi.org/10.1111/nph.17738
発表日: 2021年9月16日

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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