極低温の計測を可能にする量子温度計

単一原子を使った量子センサーにより、宇宙で最も寒い場所を正確に測定できることが示されました。

日常生活において温度を測ることはいとも簡単なことです。しかし、極小・極低温の量子の世界では、ものの熱さや冷たさを測定するのはより困難です。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者たちは、ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン、トリニティ・カレッジ・ダブリンとの共同研究で、単一の原子を温度計に見立てて、冷却原子ガスの温度を高感度で測定する量子プロセスを記述しました。

「量子物理学者である私たちの最終目標は、絶対零度に限りなく近いシステムを作成し測定することです。絶対零度とは温度の下限で、約マイナス273℃(0ケルビン度)であり、粒子の運動が止まる温度のことです。極低温システムは、量子技術の活用や、量子実験のノイズ低減を実現する上で重要になります」と、この度Physical Review Letters誌の注目論文(Editor's Suggestion)として発表された本研究の共著者であり、OIST量子システム研究ユニットを主宰するトーマス・ブッシュ教授は述べています。「0ケルビン度からわずか数百億分の1度上の温度の微細な変化を検出できることは、非常に重要な意味を持ちます。」

通常、室温では1023個以上の原子が最高秒速300~400メートルで動き回っています。「部屋の温度を測定する場合、すべての原子の動きを測定する必要はありません。温度計を使えばいいのです。量子システム内のすべての原子の速度を測定することは原理的には可能であるものの、私たちは量子温度計を使った、よりシンプルで優れた手法を設計したいと考えました」と、量子システム研究ユニットのトーマス・フォガティ博士は説明します。

しかし、量子システムを温度計で測るのは容易ではありません。量子システムは、宇宙に自然に存在するどんな場所よりも寒く、また極小で、ガスの中には約10万個の原子しかありません。仮に温度計が大きすぎたり温かすぎたりすると、測定対象のガスが加熱され、システムの量子性が破壊されてしまいます。そこで本研究では、温度計自体も非常に小さく冷たいものにするために、極冷却された単一の原子を用いました。

システムにこの温度計原子を加えると、まず温度計原子は2つの異なるエネルギー状態で同時に存在します。これは量子システムに特有の、直感では理解しにくい性質です。しかし、温度計原子が冷却原子ガスと相互作用すると、異なるエネルギー状態の重なりが崩壊します。この崩壊が起こる速度は、測定中の冷却原子ガスの温度に直接関わっているため、温度計原子の状態を測定することで、冷却原子ガスの温度を正確に推定することができるのです。

「このプロセスは、ガスとの相互作用によって温度計原子の『量子性』を本質的に破壊し、量子システムのための温度計として完成します。」とフォガティ博士は説明しました。

研究者たちはまた、最大限に感度を上げ、ノイズを低減するため、最適な測定タイミング、および温度計原子とガス間に起こる相互作用の理想的な強さについても説明しています。ガスが低温であるほど、単一原子とガスが相互作用する速度は遅くなり、頻度も下がるため、量子性の崩壊が起こる速度は遅くなります。「そのため、極低温で温度を測定するには測定前に長時間待たなければなりません。弱い相互作用を必要するのは、信号を最大化しノイズを最小化するためです。」とフォガティ博士は付け加えました。

研究チームは現在、機械学習を用いて、温度計原子とガスの相互作用を最適化したり、システムに導入する温度計原子を増やして複雑な量子相互作用が起きるようにするなど、感度向上のために様々な方法を探っています。

「この新たな手法は測温の限界を押し広げ、量子技術の発展に貢献するでしょう。これが近い将来、実験に使用されることを期待しています」とブッシュ教授は締めくくりました。

極低温世界での原子の研究において、1日の取り組みを終えたトーマス・ブッシュ教授(左)、トーマス・フォガティ博士

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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