海域ごとのオキナワモズクの違いをゲノムレベルで解明

オキナワモズクの地域ブランド化が可能に

[沖縄県水産海洋技術センターとの共同プレスリリース]

概要

沖縄科学技術大学院大学(OIST)と沖縄県水産海洋技術センターは、2016年に世界で初めてオキナワモズク※1S株(品種名:イノーの恵み)のゲノム解読に成功しましたが、今回はその時解読したS株に加え、勝連(K株)、恩納(O株)、知念(C株)で発見された特徴的なオキナワモズクのゲノム解読を行いました。これら4株のゲノムの詳細な比較解析を行った結果、4つの株の進化過程が明らかになりました。さらに遺伝子レベルでの解析により、4つの株は、同じオキナワモズクではなく、亜種※2と言えるほど異なっていることが明らかになりました。

今回得られた4株のオキナワモズクゲノムを利用することにより、新品種の開発や各株の特徴を生み出す遺伝子機能の理解、さらには国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)※3への貢献も可能になることが期待されます。

本研究成果は、BMC Genomics誌に掲載されました。

 

研究の背景と経緯

毎年3月前後に店頭に並ぶ早摘みモズクを皮切りに、初夏にかけて旬を迎える沖縄のモズク。沖縄県では「スヌイ」とも呼ばれ、平安時代中期に編纂された辞書、和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)にも「水雲」「毛豆久」と、モズクが野菜の一種として記載されています。現在では、モズクを含む褐藻は、陸上植物とは近縁関係にないことが明らかになっていますが、その進化の過程は明らかになっていません。

モズク類の養殖は1980年前後から沖縄で定着しています。県や恩納村漁協などによる養殖方法やフリー盤状体など開発の成功に伴い生産量は増加し、過去5年の年間生産量は14,000〜21,000トン、20〜30億円前後の市場規模に成長しています。そんな中、沖縄では各海域において特徴的なオキナワモズクが見つかっています。例えば、勝連で採取された太く硬い側枝で中型藻体を持つK株、恩納の高密度側枝で小型藻体のO株、知念のやや細い枝で中型藻体のC株、そして2015年に「イノーの恵み」として品種登録された長く柔らかい側枝で大型藻体のS株などが挙げられます。

それぞれ特徴的な形態を持つ。 スケールバー: 10cm
本研究に用いたオキナワモズク4株
各海域でみつかり、異なる特徴をもつオキナワモズク

しかしながら冬場の海水温上昇などの影響によりモズク類の生産量はいまだ安定していません。そのため生産現場では、モズク類の品種改良株が求められています。沖縄県では生産性の高い株の選抜育種(イノーの恵み)に成功していますが、長い年月を要します。陸上植物の品種改良では主に交雑育種が行われますが、海藻類では成功していません。陸上植物とは異なり海藻類では花が咲かないため、交雑の手法が確立していないことが原因です。つまり海藻類の交雑育種はスタートラインにすら達していないのが現状です。

そこで研究チームはモズク類の進化過程の解明及び海藻類初の交雑育種を行うための足がかりとして、4つの株のゲノム解読に取り組みました。

 

研究内容

研究チームはまず、2016年に発表済みのオキナワモズクS株ゲノムの再解析を行い、その正確性を向上させました。さらにOISTの次世代シーケンサーを駆使して、オキナワモズクK、O、C株のゲノムを新たに解読することに成功しました。解読されたゲノムを解析したところ、以下のことが明らかになりました。

1. S株が最も祖先型、K株が中間型、O及びC株が最新型

解読したゲノムに存在する遺伝子を用いた分子系統解析の結果、オキナワモズクとその近縁種イトモズク(2019年に代表者らによりゲノム解読済み)が分岐して以降、まず初めにS株が誕生し、次にK株が出現、最後にO株及びC株が出現したことを突き止めました。つまり大きく柔らかい藻体(S株)が、小型化とともに硬い藻体(K株)になったと言えます。そこからさらに小さく高密度になったもの(O株)や、大きさは変わらず細い側枝を持ったもの(C株)が出てきたと考えられます。これは長い年月をかけてオキナワモズクが環境に適応し生存するために取った戦略の結果、つまり蓄積した進化の賜物といえます。

2. S、K、O、C株は同じオキナワモズクではない?

大きさや密度、歯応え(硬さ)の違いは明らかになっているオキナワモズク4株ですが、遺伝子のレベルでどれほど異なっているかは不明でした。解読したゲノムを比較したところ、ゲノム全体としては4つの株で大きな違いは見られませんでしたが、「遺伝子」を比較したところ4つの株それぞれに固有の遺伝子が全体のおおよそ2〜3.5%(262〜457個)存在することが明らかになりました。陸上植物シロイヌナズナの7株を比較した場合は約0.79%、褐藻の姉妹群である卵菌4種では1.1〜7.2%ほどの固有の遺伝子が見つかっています。このことを鑑みると、オキナワモズク4株は同じ種ではなく、少なくとも亜種と言えるくらいに遺伝子が異なっていることが明らかになりました。今回見つかった特有の遺伝子群の機能を解析することにより、各株の特徴を生み出す理由を明らかにすることができる可能性を示唆しています。

 

今回の研究成果のインパクト・今後の展開

本研究を行った、OISTマリンゲノミックスユニットの西辻光希研究員は、「今回の研究により、オキナワモズク株の進化の道筋が明らかになりました。大きく柔らかい藻体が徐々に小さく硬く進化したことは非常に興味深いです。本研究で得られた褐藻の遺伝学的な成果が、これまで蓄積されてきた形態学的・生態学的の知見に加わることにより、褐藻全体の進化の過程についての研究が新たな段階に入る可能性が高いです。また、遺伝子レベルでの解析から、各海域で採取されたモズクが、新種と言っていいほど異なっていることが明らかになりました。これは、それぞれのオキナワモズク株をブランド化できる可能性を示しています。また複数種のモズク類のゲノム情報が明らかになったことにより、交雑育種のための研究基盤が出揃ったことになります。」と述べています。「現在、地球温暖化や海洋酸性化などの影響を受け、世界的な海藻類の生産量は年間で1%ずつ減少しているとされています。沖縄でも気候など様々な影響により、モズク類の収穫量は安定していません。今回解読されたオキナワモズク4株のゲノム情報を元にした交雑技術の開発に取り組むことにより、様々な環境に対応するための品種の育成につながります。この取り組みによって、国連が提唱するSDGsの目標2、13、14及び17にも貢献することが可能になると確信しています。」

西辻光希研究員と有本飛鳥元OIST研究員(現広島大学助教)は、海藻ゲノムの解読による沖縄県への貢献によって2019年度の沖縄研究奨励賞を受賞しています。

左からDNAシークエンシングセクションの藤江さん、川滿さん、マリンゲノミックスユニットの久田さん、西辻さん、將口さん、佐藤教授。
 

用語説明

※1 オキナワモズク: 褐藻綱ナガマツモ目ナガマツモ科に属する食用の海藻であり、日本で食用にされている6種のモズク類のうちの一つ。1980年代に沖縄で養殖技術が確立された。その生活環境には無性世代と有性世代がある。食品として利用される一方、その成分を抽出したサプリメントなどの製造原料としても利用されている。

※2 亜種: 生物分類の一つであり、「種」の下におかれる階級。種として独立させるほど大きくはないが、固有の特徴を有する生物に用いる。例えばジャポニカ米(日本米)とインディカ米(タイ米)は亜種の関係にある。

※3 SDGs: 日本語では持続可能な開発目標。2015年国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標であり、17のゴール・169のターゲットから構成される。目標2: 飢餓をゼロに、目標13: 気候変動に具体的な対策を、目標14: 海の豊かさを守ろう、目標17: パートナーシップで目標を達成しよう。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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