伸長と流動:家庭用品のようなありふれた材料がもつ特異な性質を解明

歯磨き粉やマヨネーズ、ケチャップなど、液体と固体の両方の特性を持つ材料の流動の解明に研究チームが挑みました。

歯磨き粉やフェイスクリーム、ヘアジェル、マヨネーズ、ケチャップなど家庭でお馴染みの品について、深く考えているような人はあまりいないかもしれませんが、流動挙動という点から見ると、これらは実に珍しい性質を持っています。こうした品々はすべて弾粘塑性材料であり、静止状態では固体のようにふるまいますが、十分な力が加えられると液体のような流動に変わります(この現象を降伏という)。これらの材料がどれだけ身近なものであっても、そのふるまいをモデル化し予測するためには、特定の条件下でのみ成立する理論を用いなければなりません。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)のマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットの研究者たちは、ギリシャのパトラ大学にある流体力学・レオロジー研究室との共同研究で、実験とシミュレーションを組み合わせることにより、弾粘塑性材料に関する新たな知見を示しました。米国科学アカデミー紀要PNASに掲載された本研究は、固体状態での材料の弾性が、今後のモデルに含まれるべき重要な特性であることを示唆しています。

パトラ大学のジョン・サモポウロス教授(Professor John Tsamopoulos)は本研究について次のように話しています。「マイクロ流体実験の進歩により、この10年間で、弾粘塑性材料の流動に関して予想外の現象が数多く明らかになりました。一例は、ゲル内の気泡のカプス形状や流動下における対称性の喪失などですが、その他の研究結果も含め、既存の理論には何かが欠落していることを暗示していました。私たちのこれまでの研究は、弾性、つまり材料のミクロな構造が降伏する前に変形する力が、パズルの欠けたピースであることを示唆しています。」

OIST側の研究ユニットを率いるエイミー・シェン教授は、本共同研究の重要性を次のように述べています。「身近な家庭用品の材料だということを別にしても、弾粘塑性材料の流動を根本的に理解することは、特に生物医学や地球物理学の分野において非常に役立ちます。医療面で例えれば、血液は弾粘塑性材料であり、静止時には固体のようにふるまいますが、動脈内では液体のように流動します。さらに、一部の3Dプリントされた生体組織と骨格材料は弾粘塑性特性を持っています。地球物理学の例で言えば、火山溶岩ははるかに大規模ですが弾粘塑性材料のようにふるまいます。」

これまでの弾粘塑性材料の実験研究は、流体を挟んでずらした時に生じるせん断流下における材料のふるまいを測定してきました。しかし、紡糸や回路板プリントなど、弾粘塑性材料の工業プロセスにおいては、流体が引き伸ばされる伸張流がより重要になります。

純粋な伸長流を観察することは、実験流体力学において大きな課題であり、これまで弾粘塑性材料の伸長流の測定が実験で成功したことはありません。これを初めて成功させるために、マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットのグループリーダーであるサイモン・ハワード博士は、「クロススロット・ジオメトリ」と呼ばれる新しいマイクロ流体装置を使用しました。この装置は、4本の流路が互いに直角につながっています。

弾粘塑性材料の伸長流を測定する装置「クロススロット・ジオメトリ」を手に持つサイモン・ハワード博士

「クロススロット・ジオメトリの内部には、弾粘塑性材料としてよく知られるプルロニック溶液を使用しています。両側の2本のインバウンド流路に圧力を加えると、溶液は中心点に向かって押され、別の2本の流路から押し出されます。そこから起きる流動には、中心部に速度がゼロになる点ができます。2本のアウトバウンド流路内に、流体が引き伸ばされる伸長流を生成することができました。」とハワード博士は説明しす。

アウトバウンド流路内に伸長流が発生

その間、パトラ大学ヤニス・ディマコポウロス教授(Professor Yannis Dimakopoulos)の研究チームは、プルロニック溶液とカーボポールと呼ばれる2種類の弾粘塑性材料の流動に関する理論モデルを作成し、シミュレーションを行いました。シミュレーションは、流動の中に、液体に囲まれた固体領域が存在するといった複雑なパターンが発生することを示しました。これはOISTの実験結果と一致しています。

シミュレーションの結果は実験結果と一致した

パトラ大学の博士課程学生であり、本論文の筆頭著者であるステリオス・バルカニス(Stelios Varchanis)さんは次のように説明しています。「このモデルは、せん断流と伸張流、および二つの混合流におけるシンプルな弾粘塑性材料の流動について説明することができます。今回は2種類の材料にのみ焦点を当てていますが、弾性や塑性、粘性などの度合いが異なるさまざまな材料にもこのモデルを適用できる可能性があり、さまざまな工業プロセスの設計や最適化の際の流動シミュレーションに適切なモデルを提供するでしょう。」

本研究は、既存の理論を全面的に見直し、材料の弾性を考慮する必要があることを示唆しています。「弾粘塑性材料が降伏するまでの間にどれだけの変形量を維持できるかによって、既存の理論による予測に近いふるまいを示すか、それとも流動する弾性固体のようにふるまうかが決まります。」とステリオスさんは説明しました。

OISTマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットのキャメロン・ホプキンス博士は次のように述べています。「私たちが調べたプルロニック溶液は弱い弾性効果しか示さないにもかかわらず、単純な液体のようなふるまいからの逸脱を示す、わずかな非対称性が流動に観察されました。したがって、弾性を無視することはできないのです。私たちの実験は、既存の理論に修正が必要だという提言を強力に支持しています。」

(左から)サイモン・ハワード博士、キャメロン・ホプキンス博士、エイミー・シェン教授

本研究にはパトラ大学のアレクサンドロス・シラコス博士(Dr. Alexandros Syrakos)も参加しました。

 

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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