人類の悩みのタネ、歯周病 病原細菌の付着装置を詳しく知る

共同研究チームは、歯周病の病原細菌に焦点を当てた研究により、細菌が宿主に付着するための装置である線毛のユニークな形成機構を明らかにしました。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)、長崎大学及び大阪大学による共同研究チームは、歯周病の病原細菌に焦点を当てた研究により、細菌が宿主に付着するための装置である線毛のユニークな形成機構を明らかにしました。同研究成果は、細菌学に新たな知見を与えると共に、この細菌が関連する疾患との闘いへの極めて重要な一歩です。

本研究成果は、Nature Microbiology誌に掲載されました

 

ジンジバリス菌と歯周病

日本では、35歳以上の80%が歯周病に苦しんでいるという報告がありますが、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis、以下、ジンジバリス菌)は、歯周病の主要病原細菌の一つです。また、ジンジバリス菌は糖尿病、関節リウマチ、心血管疾患、膵癌、さらにはアルツハイマー病とも関連しています。

歯周病は、歯の表面に蓄積する歯垢というバイオフィルムに起因する口腔の炎症性疾患です。バイオフィルムは細菌が線毛という毛髪様付着装置(画像1)を使用して宿主にとりつき、さらに細菌同士が集合体をつくることで形成されます。

進行すると、歯を取り巻く骨の吸収がおこり、歯を失う可能性もあります。

「細菌の生存戦略であるバイオフィルム形成において重要な役割を果たす細菌の線毛を詳細に調べることで、バイオフィルムの形成を防止するための重要な手がかりを得ることができます」と、OISTの研究員であり、論文の筆頭著者である柴田敏史博士は説明しています。

ポルフィロモナス・ジンジバリス(ジンジバリス菌)の電子顕微鏡画像 ジンジバリス菌の細菌細胞は、線毛と呼ばれる細い毛髪様構造で覆われている(赤に彩色)。線毛の直径は人の毛髪の直径1万分の1以下。
OIST柴田敏史博士

ジンジバリス菌はバクテロイデア綱に属しています。長崎大学の庄子幹郎准教授、中山浩次名誉教授らによる2016年の研究では、バクテロイデア綱の多くの細菌の線毛が、独特な構造をしていることから、これを新たに5型線毛構造と命名しました。しかし、これらの線毛の構造及び形成過程の詳細は依然として不明でした。5型線毛について中山名誉教授は、「歯周病原細菌以外にも、バクテロイデア綱に属するバクテロイデス属菌やプレボテラ属菌などの主要な腸内細菌には5型線毛があり、これらの5型線毛が腸内微生物叢の形成に関与している可能性があります」と述べています。腸内微生物叢は、健康や老化、病気などに関与していることが近年、明らかになってきています。

 

線毛を構成する1分子の構造を解析

線毛は、ピリンという小さなタンパク質サブユニットで構成されています。ジンジバリス菌の線毛の主要なサブユニットはFimAピリンです。ピリンは弱い相互作用によってのみ連結しているにもかかわらず、非常に安定した線毛を形成することができます。

この線毛形成の過程を解明するための最初のステップとして、大阪大学の今田勝巳教授のグループが、まず個々のピリンの構造を詳しく調べました。「ジンジバリス菌株の病原性はFimAのサブタイプと密接に関連しています。このためFimAの詳細な構造情報は非常に重要です。」と今田教授は述べ、FimAピリンを結晶化し、画像2に示すFimAタンパク質単量体の原子分解能での構造を明らかにしました。

線毛を構成するFimAピリンタンパク質1分子の構造
大阪大学 今田勝己教授、OIST柴田敏史博士

FimA線毛の正体を探る

 「長崎大学グループによる以前の実験から得られた知見に基づき、これらのピリンはプロテアーゼが関わる鎖交換により重合すると私たちは考えました。」と柴田博士は述べています。「そこで、次の実験として、クライオ電子顕微鏡を用いてピリンの重合体である線毛を詳細に観察することにしました。」 

まず、長崎大学の庄子准教授とOISTの柴田博士が、遺伝子組換えにより大量のFimAピリンを作成し、タンパク質切断酵素であるプロテアーゼを添加することで、試験管内でピリンを重合させ線毛を作る事に成功しました。続いて、柴田博士は、OISTの高性能クライオ電子顕微鏡を使用して数千枚の画像を収集し、OISTのスーパーコンピュータ「Sango」でデータ処理を行うことで、ピリンの重合体である線毛の3次元構造を原子レベルで明らかにしました。

画像原子レベルの分解能で明らかとなった線毛構造 クライオ電子顕微鏡で得られた画像を元に3Dに再構築したFimAピリンの重合体(左)。重合体中のFimAピリンは腕(ドナー鎖)を伸ばしている(右)。
OIST柴田敏史博士、松波秀行博士

「プロテアーゼを添加すると、車両が連結して列車を形成するように、ピリンが細長い線毛様構造に重合し始めました。これは、プロテアーゼがピリンの特定のループ領域を切断する事でドナー鎖というタンパク質鎖が外側に解放され、それにより重合開始が誘発されるためです。」とOISTの生体分子電子顕微鏡解析ユニットを主宰するマティアス・ウォルフ准教授は説明します。ドナー鎖は解放されると反転してピリンから突出し、隣接するピリンの溝に挿入されることでピリン同士が連結します。

線毛形成モデル 単量体ピリンのプロテアーゼ RgpBによる切断(左)が引き金となり、ドナー鎖(図の赤い線)が解放、反転して突出し(中)隣接するピリンに挿入され重合する(右)。
OIST松波秀行博士、柴田敏史博士

最後に、3つの研究チームによる結晶学及びクライオ電子顕微鏡の解析、生化学、遺伝子変異による解析結果を統合した結果、ドナー鎖末端のアミノ酸がピリン重合に関与していることや構築過程でピリンが膜に保持される仕組みが明らかになりました。

 

今回の研究成果のインパクト・今後の展開

本研究は、万病のもとともされる歯周病菌の線毛の構造を原子レベルで明らかにしたとともに、これまで知られていなかった5型線毛の構造メカニズムを明らかにしたことで、ジンジバリス菌により引き起こされる疾患のみならず、5型線毛を有するあらゆる細菌により引き起こされる疾患にも有効な新しい抗菌薬の開発への一歩となります。「私たちは現在、線毛の形成を防ぐ阻害剤を作成しようとしています。この構造は、増大する抗菌薬耐性に対抗するために必要な新薬を創出するための標的となります。新しい抗菌化合物の発見は、これらの病原体との闘いに極めて重要です。」と柴田博士は述べています。

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