波乗りする電子: 流れに沿うという法則を破る電子

流体が電子の動きをどのように変化させるかを測定

通りを歩いている人々が交差点に差し掛かるのを眺めていて、一人ひとりの歩行者が、どの方向に進むかを予測するのは難しいかもしれません。でも、いくつかのボートが小川に浮かんでおり、その小川が2方向に分岐している場合、すべての場合ではないにせよ、ほとんどは片方の分岐、すなわちより強い流れの方向に流されていく傾向があることは予測できると思います。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の量子ダイナミクスユニットの研究者らが今回探求したのは、これと似通った現象でありながら、はるかに微小なスケールのものです。Physical Review Letters誌に掲載された本研究では、電子の動きが流体によってどのように影響を受けるかを観察する実験を行いました。

ユニットを率いるデニス・コンスタンチノフ准教授は、このコンセプトをワイヤー1本で実証しました。 「ワイヤーに電流を流すと、電子が一方の端から他方の端へ移動することがわかります。 ワイヤーを2つに分岐させると、電子の半分が一方に流れ、残りの半分がもう一方に流れます。」

この現象は、電流が電圧に比例し、抵抗に反比例するという物理法則であるオームの法則によるものです。この法則により、抵抗が2つのチャネル間で等しく分配される場合、電子は半分ずつ各チャネルを流れます。

「しかしながら、電子が固体ではなく液体上にある場合、オームの法則が破られる可能性があります。私たちはこのことを実験で測定したいと思いました。」と、コンスタンチノフ准教授は説明します。

この理論はポーラロンの概念に基づいています。ポーラロンとは、周囲にある媒体の雲の「衣をまとった」電子です。雲の衣をまとった電子は、重く、遅くなり、ふるまいが変わります。 従来までの研究では、ポーラロンは、固体のイオン結晶の観点から議論されてきましたが、液体の観点からの議論は非常にまれです。

今回研究者は、いくつかのユニークな特性を持つ超流動ヘリウムを使用しました。 例えば、他の液体では凍結してしまうのに対し、超流動ヘリウムは絶対零度まで液体のままであり、粘度がゼロの流体のようにふるまい、抵抗が生じません。また液体の電子は、液体ヘリウムに沈むのではなく、表面ににとどまることができます。 この特質を利用することで、研究者は2D電子システムを利用することができました。

まず研究者らは、Tジャンクションで3つの電子の溜池を接続したマイクロスケールの微小構造体を構築しました。それからこの構造体を超流動ヘリウムにわずかに沈めました。

3つの電子の溜池とそれらを接続するTジャンクションで構成されているT字型マイクロチャネルデバイス

電子が移動して液体にの状態を乱すと、さざ波(リプル)が発生します。 電子密度が高いと、電子は波の間の浅いくぼみに閉じ込められます。ここで発生するポーラロンは、従来のポーラロンとはわずかに異なり、水の波紋と類似しているため、研究者らは「リプル・ポーラロン」と名付けました。

電子が超流動ヘリウム上にとどまっていると、流体のくぼみに閉じ込められ、リプル・ポーラロンを形成。 リプル・ポーラロンが電子のふるまいを変化させるかどうかを実験した。

「オームの法則では、電子はTジャンクションで分かれるはずですが、運動量保存の法則により、流体の流れは直進するはずです。 今回研究チームは、トラップされた電子、リプル・ポーラロンがオームの法則を破り、すべての電子が同じ方向に運ばれるという理論的に説明しました。」と、コンスタンティノフ准教授は説明します。

構造体に電場をかけたところ、リプル・ポーラロンが左の電子の溜池から移動しました。チャネルに沿って移動してジャンクションまで来た後、向きを変えて横にある電子の溜池に行くか、右の電子の溜池にそのまま直進するかという、2通りの可能性がありました。

結果は、研究者が予測した通りのものとなりました。 リプル・ポーラロンは、オームの法則ではなく、運動量保存の法則に従い、左の電子の溜池から右の電子の溜池まで、まっすぐに流れたのです。

リプル・ポーラロンは、ジャンクションにおいて電子の通常時のふるまいでは分岐するのに対し、まっすぐに流れた。

しかしながら、このオームの法則に反したふるまいは、特定の状況下でのみ発生しました。 電子の密度が高くなると、リプル・ポーラロンは形成されませんでした。また温度も低くないと、電子の波は飛び出してしまうのです。また、研究者らが反対方向の右の電子の溜池から左の電子の溜池に流す実験を行うと、電子はこちらでも同一方向への直進の動きが観察されました。ところが、側面に位置する電子の溜池から電子を流した場合は、リプル・ポーラロンが上部の壁に衝突し、波が消え、(自由となった)電子は再びオームの法則に従うように動きました。

電子のふるまいを理解するためのアプリケーションはあるものの、この実験は主に研究者の好奇心から行われたものです。「電子が媒体によってどのように影響を受けるかを知りたかったのですが、これは私たちにとってエキサイティングな発見でした。それと 同時にこれらの特性を理解することも重要です。 流体中の電子は、量子コンピューターを構成する小さな部分であるキュービットの構築に役立つ可能性があります。 量子ビットの流体に電子を使用できれば、コンピュータ用の、柔軟で移動可能なアーキテクチャを作成することもできます。」と、コンスタンチノフ准教授は話します。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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