小型の基板と光、そして信号変換 ― 細菌との戦いに役立つ装置

OISTでの学際的研究によって、効率的なバイオフィルム試験の方法が開発されました。

  果てしなく続いてきた人類と細菌との戦いの中で、薬剤研究に役立つ道具を開発することは重要であり、これらの道具によって人類はこの戦いを優位に進めてきました。

  近年では、細菌が持つ抗生物質へ薬剤耐性が重大な危機につながる問題として注目されています。その理由は、細菌が薬剤耐性を持つと従来の細菌対策の有効性が失われ、あたかも医療機関での警報器のスイッチが遮断されるようなものだからです。

  代わりとなる新たな細菌対策を評価するために、より効率的な試験方法が求められてきました。このような社会的背景をもとに、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは新たな細菌の薬剤耐性を試験する方法を開発しました。

 本研究成果は、アメリカ化学会が主催する学術誌 ACS Sensors に発表されました。この論文の中で著者らは、バイオフィルムと呼ばれる細菌同士が集合して形成する粘っこい膜状の形態に着目しました。

  バイオフィルムは細菌への有利な生育環境を生み出し、さらには既存の抗生物質への耐性を生み出す役割としても機能します。 そのため、もし医療設備の中に細菌が入り込んだ場合、バイオフィルムは恐ろしい脅威となります.

 

バイオフィルムに立ち向かうため各自の多様な専門性を出し合う研究チーム.写真左からチュウ カン ユ技術員,フナリ リカルド博士, バーラ ニキル博士。
OIST

  細菌を抑制するための方法を開発する上で、どのようにバイオフィルムが形成されるのかを理解することは大切です。本研究では、バイオフィルム形成を調べるために生物工学やナノ材料工学、プログラミングといった多様な分野のOIST研究者が協力して研究に取り組みました。

  研究チームは、バイオフィルムが形成される動的な過程に注目しました。この過程とは、細菌がバイオフィルムの成分を分泌する複数の生化学的な反応に基づきます。これらの反応を理解するために必要な情報を寄せ集めることによって、細菌に対する薬剤や化合物の有効性を評価することができます。

  これまでに研究者らが望む理想的な観察手法はありませんでした。この場合の理想的な手法とは、バイオフィルムの形成過程を詳細に調べるために必要な連続的な観察や測定を可能とするものです。

  OISTエイミー・シェン教授率いるマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットのニキル・バーラ博士は、新たな手段を見出すべく、ナノスケールの効果を利用しました。「私たちは、ナノ構造を持つ基板型のセンサー技術を細菌の薬剤耐性を調べる測定方法に応用しました」と、バーラ博士は述べ、続けて次のように説明します。「研究で用いたセンサーの表面は、酸化シリコンの幹の上に金の粒子が付いたキノコ形状のナノ構造(以下、キノコ型ナノ構造)で覆われた特殊な構造を有しています。」

  研究のはじめに、チームは細菌を用意する必要がありました。そこで、細菌を研究するOIST構造細胞生物学ユニットに相談し、ビル・セダーストゥル博士の協力を得ることができました。彼は、持ち合わせている細菌ライブラリーの中からキノコ型ナノ構造の表面での細菌培養に適した大腸菌を選び出し、研究チームに提供しました。

  一方、実験で使用したキノコ型ナノ構造は、白色の光を照射すると特定の色の光を吸収する性質を有します。これはナノ構造から生み出される「局在表面プラズモン共鳴」と呼ばれる現象に基づきます。この原理を応用すると、センサー基板の表面から裏側に透過した光の色(スペクトル)を測定することにより、細菌の増殖量の測定が可能となります。この測定方法の場合、観察対象を邪魔することなく、また細菌の増殖過程に影響することもありません。

 

細菌が増殖するとキノコ型ナノ構造が吸収する光の波長が変化するため,センサー基板からの光応答を測定することで細菌試験を行うことができます。

  「キノコ型ナノ構造のセンサー技術を細菌研究に応用することは、私たちにとって新たな挑戦となります」と、本チームで生物工学を専門とするリカルド・フナリ博士は語り、続けて「一方で、私たちはリアルタイム(経時的)な測定ができない問題に直面しました」と、説明します。

  センサーからの光応答を連続的に測定できれば,リアルタイムな測定が可能ですが、そのためには測定用のソフトウェアの抜本的な改良が必要でした。幸いにもプログラムを専門とする同チームのチュウ技術員によってこの問題を解決しました。

  「私たちは、既存のソフトウェアを改良し、簡易な解析機能を有する自動測定用のプログラムを開発しました。このプログラムを使用すると、ボタン1つでデータ測定ができるため、手作業での操作を減らし、実験者の誤操作を回避することが期待できます」と、開発を担当したチュウ技術員は述べます。

  現在、ナノ構造、生物工学、プログラミング技術というこの3人の専門性を組み合わせることによって、多くの研究現場で利用が可能となる卓上型の装置の開発を進めています。また、彼らは幅広い応用を目標に、持ち運び可能な小型装置の開発も計画しています。

 

キノコ型ナノ構造の持つ局在表面プラズモン共鳴の特性を調べる様子
 

  「微生物に関する医学的な研究が次の目標です。そして今回の応用が成功したことを嬉しく思いますし、今後私たちが開発した測定方法が薬剤や他の多くの細菌に対して役立つことを願っています」と、フナリ博士は今後の展望を述べました。細菌との戦いにおいて、人類はまたひとつ有効な道具を獲得できたと言えるのかもしれません。

 

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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