予測する脳:大脳基底核の「ストリオソーム」神経細胞が学習のカギ

OIST研究者らはこの度、 脳の線条体の特定の種類の神経細胞の活動を選択的に記録することに成功し、動物の学習と意思決定において基礎となる 1つのメカニズムを明らかにしました。

  予想外の嬉しい驚きや辛い出来事は記憶に残ります。例えば、もしあなたが熱い鍋に触ってしまったとしたら、もう二度とやらないように学習するでしょう。

  好ましい結末であれ、好ましくない結末であれ、試行錯誤によって学ぶことは、「強化学習」として知られています。人間や動物は不慣れな環境で探索を行ううちに、良い結果や悪い結果につながる状況や行動を記憶することで新しい行動を学ぶことができるのです。

  脳の深部にある大脳基底核は、強化学習において重要な役割を果たしていることが知られています。大脳基底核の大部分を占める線条体は、 ストリオソームとマトリックスと呼ばれる2種類の区画が合わさって構成されています。 この2種類の区画は30年以上も前に発見されたにもかかわらず、これらの区画が果たす明白な役割は謎のままでした。

 

線条体の顕微鏡画像。ストリオソームとマトリックスはモザイク様の構造を形作っている。

  この度、 沖縄科学技術大学院大学 (OIST)の神経計算ユニットの研究者らは、最新の光学神経イメージング技術を用いて、ストリオソームの神経細胞の活動を選択的に記録することに成功し、強化学習におけるストリオソーム神経細胞の役割を明らかにしました。本研究は eNeuro 誌に掲載されました 。

  ストリオソーム神経細胞は、現在の状況から将来得られる報酬を推定する報酬予測の機能に関与していると考えられてきました。というのもストリオソーム神経細胞は、ドーパミンと呼ばれる重要な神経伝達物質を大脳基底核に送る中脳の神経細胞に直接接続するからです。脊椎動物の脳ではこのドーパミンが、報酬を動機とする行動を調節します。

  「報酬予測は私たちの日常生活にとって重要です。例えばメニューでお気に入りの一品を見つけたら、実際に食べる前からワクワクして、それを選びますよね」と、神経計算ユニットを主宰する銅谷賢治教授は説明します。

 

OIST神経計算ユニットの吉澤 知彦技術員(左)と銅谷 賢治教授(右)。OISTスカイウォークにて撮影。

  報酬予測におけるストリオソーム神経細胞の役割は、脳内でその区画を識別し、選択的に活動を記録するのが非常に困難であったため、実証されていませんでした。 「ストリオソーム神経細胞は線条体のわずか 15% しか占めておらず、しかもモザイク状に散在しているため、分離して活動を記録することが困難でした」と、 OIST技術者で論文の筆頭著者である吉澤知彦氏は説明します。

  今回OIST研究者らは、特殊なイメージング技術と遺伝子操作技術を利用して、この課題を克服しました。ストリオソーム神経細胞においてのみ特定の遺伝子を発現させることができる、遺伝子組換えマウスを用いたのです。 このマウスでは、神経細胞が活性化すると、カルシウム・インジケーターと呼ばれる蛍光物質の光が強くなります。従来は、線条体のような脳内の深い領域を光学的に観察するには、線条体上部の大部分を取り除く作業が必要でした。しかし、 スタンフォード大学のスピンオフ企業によって開発された、細いガラス棒をレンズのように使用する新しい内視鏡の使用により、線条体の神経細胞の活動を低侵襲で記録できるようになりました。このイメージング技術と遺伝子技術の組み合わせによって、ストリオソーム神経細胞の活動を選択的に観察することが可能になり、マウスが行動課題を学習する間の神経活動を長期にわたって測定することができました。

 

 研究者らは、直径 0.5ミリメートルのレンズ の先端でストリオソーム神経細胞の活動を記録するため、スタンフォード大学のスピンオフ企業が開発した特殊な内視顕微鏡を使用した。

  この課題で研究者らは、バナナ、レモン、シナモン、ミントという4種類の香料を用意し、マウスにこのうちひとつの匂いを嗅がせた後に、多めの水(大報酬)、少なめの水(小報酬)、顔への空気の吹きかけ(負の報酬)、または何も起こらない(無報酬)という経験をさせました。これを数日間繰り返すうちに、マウスは匂いとその後に来る報酬の関係を学習し、ある特定の匂いを嗅ぐと、水が実際に出てくる前にそれを予想して水の出るパイプを舐めるようになりました。

  マウスが課題を学ぶにつれ、ストリオソーム神経細胞は報酬を予測させる匂いに反応し強く活動するようになりました。これらの活動は期待される水の量に比例して、より大きな報酬を予測した時には、 神経細胞により大きな反応が引き起こされていたのです。

 

ストリオソーム神経細胞の活動記録のため、内視顕微鏡技術を適用した(左)。 内視顕微鏡で観察される画像(中央)。ストリオソーム神経細胞の報酬予測信号(右)。

  ストリオソーム神経細胞の活動を数週間にわたり連日計測することにより、学習開始の約1週間後に報酬量に比例した活動を示す神経細胞と、約2週間後に同様の活動を示す神経細胞があることに気づきました。この結果は、ストリオソーム神経細胞における予測活動が、学習段階に応じて特異的であることを意味します。

  また、ストリオソーム神経細胞は、実際に水が飲めたり顔に空気が吹きかけられた際にも活動を示しました。 このことはストリオソーム神経細胞が、期待される報酬についての信号を送ることに加え、実際に得られた報酬に関する情報も送っていることを意味します。

  「ストリオソームとマトリックスのモザイクパターンは、ヒトの脳にも存在しているため、マウスを研究することから多くのことを学ぶことができます」 と吉澤氏は述べています。

  ストリオソーム神経細胞の特徴的な役割を理解することは、脳のこの領域の異常との関連が知られているハンチントン病などの障害の診断や治療に役立つことが期待されます。

研究ユニット

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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