安定した量子ネックレスの作り方

シミュレーションで超流動体における量子ネックレス状の構造を構築しました。

  量子の世界は優雅で神秘的です。 そこでは日常生活で経験しないようなとても奇妙な物理法則がはたらいています。例えば、粒子が一度に2つの別の場所に存在できたり、離れた場所にいる粒子が互いに反応したり、さらには「粒子」であり「波」でもあるという、日常の常識では考えもつかない性質があります。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者はこの度、量子物理学的にも視覚的にも極めて不思議にみえる、二つの量子状態が混在する状況を理論的に示すことに成功しました。量子状態でありながら古典物理学のように振る舞い、見た目にも魅惑的なネックレスのような状態をシミュレートする複雑なシステムを構築したのです。この研究は、Physical Review A 誌に掲載されました。

  研究は、回転する超流動体がドーナツ型の容器に入っている状態をシミュレーションすることから始まりました。超流動体は絶対零度近くまで冷却された電荷のない粒子がボーズ・アインシュタイン凝縮体(BEC)と呼ばれる状態で実現し、流れるときに摩擦がまったくありません。宇宙空間よりも冷たい、研究室の中でしか実現できないような極端な低温状態では粒子はとても奇妙な特性を示すようになります。たくさんの粒子が凝集し、最終的に区別のつかないひとつの状態になるのです。 実際、これらの凝集した粒子はひとつのモノとなり、塊となって移動します。

  このボーズ・アインシュタイン凝縮した超流動体が回転するとき、微小な距離と低温の量子スケールでの回転の物理的特性は、古典物理学の世界でみられるものとは異なります。子供の腕をひっぱりながらくるりと円を描いて子供を遊ばせている父親を想像してみましょう。古典物理学の世界では子供の足が内側にある手よりも速く進みます。足の方が外側にある分だけ長い距離を進まねばならないからです。

  ところが量子物理学の世界では、この関係が逆になります。 「超流動体においては中心から遠く離れている部分は、ゆっくりと動きますが、中心部に近い部分は非常に速く動くのです」と、本研究者の1人であるOISTのトーマス・ブッシュ教授は説明します。 これが従来から知られていたドーナツ型内部の超流動体で起こっている現象です。

  さらにドーナツ型容器内部の超流動体はどこも均一密度になっています。これは超流動体が容器の中で均一に分布していることを意味します。古典物理学においても量子物理学においても、回転する液体ではほぼ同じことが言えるでしょう。 しかし、ここで別の種類のボーズ・アインシュタイン凝集体を追加するとどうなるでしょうか?  つまり、元からあるボーズ・アインシュタイン凝集体と混合することができない、別の種類の粒子をドーナツ型容器に加えてみるのです。シミュレーションの結果、2つの凝集体は水と油のように、互いに接触している面積を最小限に抑えるようにドーナツ容器の反対側に、2つの半ドーナツを形成するように分離してしまうことがわかります。

 

解説:混和性のある、もしくは混合可能な2つの成分を持つ超流動体はドーナツ型容器内で均等に分布し、単一成分の超流動体と同じ分布になる。一方、 2つの成分が相分離もしくは混合できない場合、分離して反対側にそれぞれ半ドーナツ状の塊を形成する。

  「2種の超流動体を分ける最短の境界線は、半径方向です。」と、本研究の筆頭著者であるアンジェラ・ホワイト博士は説明しています。 2つの超流動体は、ドーナツの半径方向の境界に沿って、2つの半ドーナツ部分に分かれます。分離した状態を保つためには、他の境界線を介するよりも、この状態がエネルギーをもっとも消費しないで済むのです。

図1の混合できない状態は量子物理学にとって驚きです。 2つの超流動体の境界が半径方向に沿って整列していなければならないということは、この境界に存在する超流動体は、古典物理学における物質のように外側が速く回転していなければなりません。 これは、全体がエネルギーの低い状態を維持するためです。境界における超流動体が内側でより速く回転し続けたなら、2つの半ドーナツ体はねじれ始め、境界線は延ばされ、分離状態を続けるには、より多くのエネルギーが必要となります。 つまりこの状態は複雑な量子物理学の結果として構成されているにもかかわらず、あたかも古典物理学的にふるまっているかのようにみえます。

  このドーナツ型超流動体が古典物理学のような旋回運動をすることだけでも不思議なのですが、驚きはこれだけではありません。スピン軌道結合を加えると、さらに魅惑的なネックレス状の状態が現れるのです。

  「スピンを抽象的に説明すると、2つの向きを持つ状態です。すなわち、この方向でも、あの方向でも、どちらでもあり得るのです。」とブッシュ教授は説明します。 電荷を持たない粒子やスピンを伴わない粒子を扱うこの実験では、研究者らは「この方向、あるいは、あの方向」という特性を粒子に割り当てることで、“擬”スピンをシミュレーションしました。

  この条件で粒子を結合させると、ドーナツ型容器の中の2つの半ドーナツ体がさらに交互にスピンの方向が並ぶ複数の部分に分割された、ネックレスのような形状が生じるのです(図2)。さらに調べたところ、ネックレスの「珠」のような部位の数は、スピン軌道結合の強さに依存しており、さらに驚くべきことに、これらの珠が常に奇数でなければならないことがわかりました。

 

量子ネックレスの珠の数は、スピン軌道結合の強さに依存する。 結合が強いほど珠の数が増えるが、その数は常に奇数でなければならない。

  このような量子ネックレスの形成は以前から予測されていましたが、生成後短時間で拡張してしまったり、跡形もなく消えてしまったりと、不安定な構造であると考えられていました。 今回のシミュレーションでOISTの研究者らは、安定したネックレス状構造物を構築する理論モデルを発見したと確信しています。この研究を続けることで、さらに洗練された壮麗な結果が得られると期待されます。

 

 

 

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