暴れん坊を思い通りに:ポリマー添加で流れの渦を制する

OIST研究チームがミクロの渦の観察とその抑制メカニズムの解明に成功しました。

  大気の渦は、台風を作り出せるほど壮大なパワーを持って大気をかき混ぜることができます。一方で、自然界ではより小さな渦が常に発生しますが、それらの多くは目では見えないほど小さな渦なのです。これらの小さな渦が生み出される過程には、いくつかの条件があり、例えば水のような単純な流体(ニュートン流体と呼ばれる)がとても速く流れる場合、もしくは曲がった経路に沿って流れる場合にぐるぐるとした渦が発生することが知られています。

  このような条件において渦が発生した場合では、次の2つの問題が生じます。ひとつは、渦が発生するためにエネルギーが消費されることで、もうひとつは、流れを抑制する力(流体抵抗と呼ばれる)が増大することです。これらの影響によって、流体を目的の方向に流し出すのに必要なエネルギーがより多く求められることになります。例えば、石油のパイプラインのような大規模な設備の場合では、流体を押し出すために追加のエネルギーが必要となると、莫大な経済的損失になります。この問題を解決するために多くの研究が重ねられてきた中で、石油の中に少量のポリマーを添加することで渦の発生を抑制できることが分かってきました。言い換えると,ポリマーの添加の効果により、ある一定の速さの石油の流れを維持するために必要な圧力を下げることが可能となり、必要なエネルギーや経費を節約できます。この現象は1940年代から知られていましたが、添加したポリマーがどのように作用しているのか詳しいメカニズムについては、多くの謎が残ったままでした。この多く謎を秘めた渦の現象は自然界の中であらゆる場所に発生する一方で、実験室の中でその姿を捕捉して、詳細に観察することが大変難しいとされてきました。

 

研究者らが渦を発生させるために3Dプリンタを使用して作製したガラス製のマイクロ流体装置。
ハワード サイモン

  この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らは、困難とされてきた小さな渦の観察のために独自に設計した装置を味方につけて、新しい観察方法を開発しました。本成果は、米国の科学雑誌フィジカル・レビュー ・エックス(Physical Review X) に掲載され、その中で、ポリマーの添加の有無を比較した流体中の渦形成の詳細が議論されています。研究チームは特殊な3Dプリンタによって作製したマイクロ流体装置を使用することで、顕微鏡下で観察できる小さな渦を発生させることに成功しました。ここで用いたマイクロ流体装置とは、小さなガラス製の基板の中に髪の毛ほどに細い2本の溝が十字路を形成するように埋め込またものです。

 

マイクロ流体装置は顕微鏡の上に搭載され、流体には追跡用の粒子が添加されている。これにより、流体の断面が観察でき、渦形成の様子を可視化することに成功した。

  本研究の中では、先ず流れを可視化するための追跡粒子を使用して、水中に形成する渦の様子を高速度カメラの映像として捉えました。次に、質量の百万分の1という極めて微量のポリマーを水に添加し、その水溶液が未添加の場合と比較して滑らかに流れることを発見しました。実際の流体の観察を行う一方で、研究チームは英国リバプール大学との共同研究により、ポリマーが流体及ぼす作用の理解を深めるためのコンピュータによるシミュレーション実験も行いました。ここで想定したポリマーの分子は、弾性をもつ極めて小さなバネのように振る舞うものとしました。「極めて微量な濃度のポリマーを添加した場合であっても、その添加による劇的な効果を確認することができました」と、本論文の筆頭著者であるOIST博士課程のノア・ブーシュテインさんは語ります。続けて、OISTマイクロ・バイオ・ナノ流体ユニットのグループリーダーで、論文共著者のサイモン・ハワード博士は次のように補足します。「コンピュータ・シミュレーションのおかげで、流れの中でポリマー分子が伸長する特別な領域がどこに位置するのか、そしてこのポリマーの伸長がどのように渦の発生や成長を抑制するのかを明確に示すことができました」

 

単純なニュートン流体中の渦(左)。同流体中に質量の百万分の1(1 ppm)のポリマーを添加した場合の渦(右)。色の変化は、渦の強度の分布を示す。

  本研究の成果は、小さなスケールと大きなスケールの両方において広く応用できると期待されます。例えば、微量のポリマーは、心臓の働きが弱った患者さんの血液循環を良くするために使用されています。また、このようなポリマーは、インクジェット・プリンタの印刷時に生じるインク吐出の途切れを抑制するために使用することもできます。この場合、無数の微小な液滴が形成される過程でこの効果が発揮され、印刷解像度の改良に役立ちます。さらに大きなスケールでは、石油パイプラインや下水管といった大規模な設備における渦の発生の抑制にポリマーの添加が役立つと考えられます。「私たちの発見は、臨床検査や医療への応用として開発が進むラボ・オン・チップ(Lab on a chip)に組み込む溶液の流れを設計する上で、多くの示唆を与えるものです」と、同ユニットの代表で共著者のエイミー・シェン教授は述べます。また、本研究に参加した研究者らは、将来の研究の発展につながる探求を積み重ねていきたいと意気込みを示しており、その一人であるハワード博士は、「ポリマーの作用の謎をこれほど明確に解き明かすことが出来て、大変興奮しています」と、熱い思い語ります。

 

OIST研究者たちは流体中の渦の形成について調べました。(左から)サイモン・ハワード博士、博士課程学生のノア・ブーシュテインさん、エイミー・シェン教授。

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