目は「脳」を映す鏡

小脳にある神経細胞が、素早い眼球運動とどのような繋がりをもっているかを理解することは、近代医療技術のさらなる進展につながる可能性を秘めています。

 私たちの眼球は、気付いていない間にも常に動いています。1つの物体から別の物体へと視覚対象を変え、視線を一点に集中させているときでさえも眼球の反射的運動は続いています。このような目の動きは衝動性眼球運動(サッカード)と呼ばれています。サッカードが生じているときは、能動的に目を動かそうと意識しなくとも私たちの脳は急速に反応し、話し相手の目を見るなど、重要な情報を持つ対象物に視線を集中させようとします。サッカードは感覚運動調節(感覚に合わせて体の動きを調整する機能)の一つで、運動制御全般に大きく関わっています。そのため、サッカードが起きているときの脳内の様子を知ることは、重要な意味を持ちます。

 このたび、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームらが行った研究では、小脳(感覚運動の制御を司る部位)に存在する大型の神経細胞 (ニューロン)であるプルキンエ細胞の活動がサッカードと関連していることが明らかになり、その成果が国際科学誌eLifeに掲載されました。

 研究チームはまず、ドイツで3匹の生きたサルの眼球のサッカード発生中における脳内の神経活動をモニタリングしたデータを使って、脳内神経細胞が情報を伝達する仕組みについて調べました。具体的には、電気信号の形式によって測定される神経細胞の情報伝達に注目しました。プルキンエ細胞も他のニューロンと同様に、信号出力時に活動電位(スパイク)が発生します。プルキンエ細胞は連続的にスパイクを発火する場合がほとんどですが、スパイクの発火が時折一時停止する期間が存在します。

 「ニューロンの研究における最大の課題の1つは、さまざまな電気信号の根底にあるメカニズムを理解することです。私たちはこれらのスパイクが何を意味するのかを理解したいと思っています」と、今回の論文の共著者およびOIST計算脳科学ユニットの主宰者であるエリック・デ・シュッター教授は言います。

 研究チームは、プルキンエ細胞のスパイク発火と発火一時停止に関する情報のみならず、局所細胞外電位も含めたユニークなデータ解析を行いました。

 デ・シュッター教授は「特定のプルキンエ細胞の周辺に生じる局所細胞外電位は、近傍のニューロンの集団活動を反映しています」と言います。研究チームは局所細胞外電位の解析結果を用いて、特定の神経細胞内で起きている情報伝達活動と、それらの細胞を取り巻く細胞集団の全体的活動との関係性を考察しました。

 「プルキンエ細胞持続性発火の一時停止の直前と直後に生じるスパイクが、局所細胞外電位との非常に強い相関を示していることが分かりました。つまり、スパイクと一時停止はランダムに発生しているのではなく、より大きな神経ネットワークの活動と関連していると言えます」と、論文の筆頭著者でデ・シュッター教授の研究ユニットでグループリーダーを務めるホン・スンホ博士は言います。

 研究チームは次に、これらの電気信号と眼球の動きとの関連について調べました。

 「サッカードが生じている際、局所細胞外電位には大きな変化が見られます。また、眼球運動が始まると同時に、プルキンエ細胞内では発火一時停止直前にスパイクが生じていることが示されています」と、デ・シュッター教授は言います。

 発火一時停止の直前および直後以外に発生する持続性スパイクのその中の一つ一つ自体にこれといった重要性は認められていませんが、研究チームはこれらスパイクの平均発火頻度とサッカード開始後に生じる滑らかな眼球運動の関係が単純な数学的モデルによって記述されることを発見しました 。

 デ・シュッター教授は、「この結果が示しているのは、発火一時停止前に生じるスパイクは眼球運動の始まりを制御しているもので、発火一時停止と関わりを持たないスパイクは運動速度を制御しているということです」と説明した上で、「プルキンエ細胞には多重送信機能が備わっていて、同時に2種類の信号を送ることができるのです」と語りました。

 今回の発見は、個々のスパイクのタイミングと平均的発火頻度の両方が、小脳と微細な運動制御の複雑さを理解するうえで極めて重要であることを示唆しています。

 小脳内の神経細胞メカニズムに関する新たな知見は、麻痺患者の脳信号をコンピュータに媒介して体を再び動かせるようにするブレイン・マシン・インターフェースなどの最新医療技術に有用となると考えられます。また、高精度の動作を実行するロボットを制御する技術の開発にも役立つ可能性もあります。

 「平均頻度だけをみるのは簡単なことですが、個々のスパイクが明かす興味深い情報を読み取ることが重要です。神は細部に宿るということです」と、デ・シュッター教授は語りました。

研究ユニット

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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