現代に見る古代アリの痕跡

現在の気候のみならず、地史的な陸地のつながりが、アリの多様性パターンの決定に大きく影響していることが明らかになりました。

 アリの起源は1.5億年ほど前にさかのぼり、6千年前から優占種となったと考えられています。台所には招かれざる客かもしれませんが、アリ類は今や世界中いたるところに分布し、植物の種子散布や死体の分解といった、生態系に不可欠な役割りを担っています。地理的に隔離されたアリ類群集の多様性に影響を与える要因は様々ですが、アリの棲息密度に最も大きな影響を与える生物地理的な要因を究明することは難しいと言えます。沖縄科学技術大学院大学(OIST)生物多様性・複雑性研究ユニットのパトリシア・ウェプファーさん、ベノア・ゲナー博士(現在香港大学生物科学学院)、 エヴァン・エコノモ准教授は、 アリ類群集に最も大きな影響を与える要因を見つけ出すために、生物地理的な要素の複雑な関係を解明し、その成果をJournal of Biogeographyに発表しました。

 本論文の筆頭著者で、OIST博士課程学生のパトリシア・ウェプファーさんは、「アジア全体でアリ類群集にどれほどの違いがあるか興味がありました。アリ類群集が地域ごとにどのように構成されているか、そしてどうしてそういう構成になったのか、を知りたいと考えました。」と話します。

 本研究チームは、琉球諸島から台湾、韓国の沿岸地域に至るアジア159ヵ所における、アリ種の分布記録を整理しました。このデータから、どのアリ種がどこに棲息し、そしてどのような要因が、その地域のアリ類群集の形成に影響を及ぼしているかを検証しました。

 その際、気温、雨量といった気候要因や、または地理的な乖離、水域による分断といった空間的要因、はたまたその両方がアリ類群集の構成により違いをもたらすか、を分析しました。さらに研究チームは、地史的な陸地のつながりが、現在のアリ類群集形成に影響をもたらしているかについても詳しく検証しました。約2万6千年前、最終氷期最盛期においては、現在のアジアの多くの地域や島は陸続きでした。長い時間の中での陸地の移動に伴って、海は陸地の一部を覆い、個別の島が形成されました。驚くべきことに、今日見られるアリ類の分布域は、何万年も前の更新世における陸地の広がりに大きな影響を受けていたのです。

 「興味深いことに、現在のアリ類群集のパターンを説明するには、現在の陸地の位置関係より、最終氷期最盛期における陸地のつながりが重要なのです。その理由として、当時の陸続きの状態は、現在私たちが目にする島として隔離した状態よりもずっと長い期間保持されていたこと、そして、アリたちがその生息地域を移動するには、長い時間がかかるためではないかと考えられます。」とウェプファーさんは説明します。

 歴史的に陸地がどうつながっていたかが、地域的なアリ類群集の構成を左右する最も意外な要因である一方、生態学者たちは気温などの、現時点の要因についても考慮しなければなりません。データから、本研究チームは、気温の違いが地域ごとのアリ類群集の違いを生む、最も大きな要因として働くという結論に達しました。気候変動の到来は、アリ界の生態系、ひいてはそのアリたちが支える様々な生態系に、大きな影響をもたらすと考えられます。

 「気温は、アリ類群集の構成に最も大きく影響する重要な要素です。気候変動は地域のアリ類群集を変化させると考えられます。」とウェプファーさんは言います。

 生態学においては、気温が、種の分布地域の決定に最も重要な役割を果たしていることはよく知られていますが、地理的要因がアリ類群集へ与える影響も忘れないことが大切です。

 エコノモ准教授は、「ある生物種の分布パターンを理解するには、現在の気候や陸地のつながりだけではなく、海水位が現在よりもずっと低かった、最終氷期最盛期に陸地がどのように繋がっていたかを考慮する必要があります。」と言います。

 歴史上の陸地のつながりに着目することで、大陸移動から、ダムの建設や道路の舗装といったより小さなスケールでの変化に至る構造的な変化が、どれほど生態系に影響を与えるかを明らかにすることができます。

 「現在の生物種の構成を理解するには、過去の事象に目を向けることが重要です。」とウェプファーさんは述べ、「環境の大きな構造的な変化は、どのようなものであれ、土地と棲息場所の関係に影響を及ぼす可能性があります。」と語りました。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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