論より証拠:無秩序と準安定状態の相関関係を裏付けた意外な実験方法

粉粒体物理学における無秩序と準安定状態との関係性が明らかになりました。

 何かについて知っていることと、それを証明できることとには重要な違いがあります。科学でも同様で、誰もが知っていても実証できないアイディアというものがあります。そのうちの一つが、粉粒体における無秩序と準安定状態との関係性です。これまで解明されなかったこの2つの現象の結びつきを、このほど3名の研究者が新たな実験法によって明らかにしました。

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)構造物性相関研究ユニットを率いるマヘッシュ・バンディ准教授は、今回の研究をおこなった3名の研究者の一人です。バンディ准教授は名古屋大学の大学院生の飯川直樹氏および桂木洋光准教授と共に、無秩序により引き起こされた準安定状態を検知・定量化することが可能であることを証明し、このほど Physical Review Letters で発表しました。「誰もが予想していた通りの結果です」とバンディ准教授は述べたうえで、「ただし、粉粒体における無秩序と準安定状態との関係性を計測する手法を見出したのは私たちが初めてです」と胸を張ります。

 準安定状態とは物理系のエネルギーレベルに関わる概念です。低いエネルギーレベルが1つしかなければ物理状態は安定しています。この状態を井戸の中のバケツに例えると、井戸に垂らしたバケツはいつも必ず同じように貯まった水に到達します。

 しかし物理状態の中には、言うなれば「例外的な井戸」も存在します。通常と異なるこれらの井戸の中の貯留水は1つではなく多数存在し、下ろしたバケツがそのうちのどの貯留水に行き着くかを予測することはできません。さらに、バケツをある高さまで引き上げ、そこから下ろすと、さっきとは異なる貯留水に到達します。このような状態は物理学的には準安定状態と呼ばれており、準安定状態における最も低いエネルギー状態は単一でなく予測不可能です。

 粉粒体物理学で用いられてきた測定法は準安定性を検知するには感度が不十分であったため、これまで準安定性と無秩序との関係性は解明できていませんでした。バンディ准教授らがその謎を紐解くことに成功したのは、発想の転換を図ることができたからです。研究チームはまず、別の物理学分野である液晶物理学から「S」と呼ばれるパラメーターを転用しました。このパラメーターSを使うと粉粒体内の力の向きを測定することができるということが分かりました。これらは「接触力鎖」と呼ばれる粒子同士が接触して発生する力の集まりです。この接触力鎖によって粉粒体の物理的特性が決定されます。バンディ准教授らは、圧縮すると様相が変化する光弾性ディスクと呼ばれる特別なディスクを用いて接触力鎖について調べました。

 

光弾性ディスク
光弾性ディスクの非圧縮状態(左)と圧縮状態(右)。下図:実験中の光弾性ディスク。粒子間の接触力鎖がディスクの表面に多色の帯状として現れる。写真は全て偏光レンズで撮影したもの。

 秩序立った構造の接触力鎖を調べた結果、パラメーターSには何の変化も見られませんでした。続いて研究チームは光弾性ディスクを乱雑に配置し、直径の長さが異なる2つのディスクで垂直構造を形成しました。このような無秩序に配置されたディスク間の接触力鎖は様々な方向に向いています。「そして私たちは構造体を軽くたたきました」とバンディ准教授は振り返ります。「垂直に力を加えるようにコツコツと叩いたのです」。

 すると、ディスクの配置は原型を留めたまま、接触力鎖がゆっくりと重力方向からランダムな方向へと向きを変えていきました。研究チームはこの様子を高解像度の画像に収め、画像として捉えられた接触力鎖の視覚情報を数字へと変換しました。その結果、Sの結果値により接触力鎖中に変化が生じたことが明らかになり、構造体を叩くことで生じた無秩序状態と、粉粒体における準安定性(着地点を次々と変化させる井戸の中のバケツのような状態)との結びつきがようやく実証されました。

 推測どおりの結果ではあるものの、液晶物理学で使用されるパラメーターSを導入することで粉粒体の研究に大きな変化が見られ、研究の焦点は粉粒体の構造から粉粒体中の接触力鎖の挙動へと移りました。この視点の転換が粉粒体中の無秩序と準安定性の概念化に新たな道を開き、粉粒体に関するより深い理解が得られると期待されています。