幼生分散の定量化で「海底温泉」の生態系を救え!

OISTの研究チームは、熱水噴出域に生息する生物の理解と保全に役立てるため、幼生分散の定量化をおこないました。

 深海には、最高で摂氏400度にもなる熱水が海底から噴出する熱水噴出孔とよばれる、いわば「海底温泉」が存在します。そこにはユノハナガニ(Gandalfus yunohana)やカイレイツノナシオハラエビ(Rimicaris kairei)など熱水噴出域固有の生物群が生息しています。これらの生物は、熱水噴出孔から湧き出る各種の化学物質を食料にして生存しています。そのような環境にある生態系の理解と保全に役立てるため、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは共同研究先と連携し、熱水噴出域に生息する深海生物の幼生分散の定量化をおこない、その結果を米国科学アカデミー紀要(PNAS)で報告しました。

 「私たちの研究チームは、西太平洋熱水噴出域間の関係について調べています」と、論文の第一著者でOIST海洋生態物理学ユニットを主宰する御手洗哲司准教授は説明します。「そこに棲む生物がどのように分散し、またどのように進化しているかを知りたいのです。」

 さらに今回の研究には、熱水噴出孔周辺に生息する固有種を海底資源の開発から保全するというもう一つの目的があります。海底下から金属資源を引き上げる海洋掘削作業が、周囲の生態系に悪影響を及ぼしかねないからです。

 御手洗准教授は、「海底資源の開発が周囲の生息環境を破壊するおそれがあります」と指摘します。

 そのような結果を防ぐ保全対策の一つとして、研究チームはまず、熱水噴出域に棲む生物群の幼生分散の定量化を図りました。これは、熱水域生物群が海流に乗って自由に移動することができる時期が、幼生期に限られているためです。幼生分散能を定量化するにあたり、まず幼生期の浮遊深度の平均値と、その深度に留まる幼生浮遊期間を計算しました。その結果、幼生は平均で、水深1000メートルの層を83日間浮遊することが分かりました。次に、海上保安庁の協力のもと、沖縄県の南に位置する石垣島沿岸の鳩間海丘に海洋観測機器(フロート)10台を1ヶ月おきに設置し、約2年間かけて海洋観測を実施しました。フロートは水深およそ1000メートルの場所で海流に沿って移動し、1ヶ月に一度海面に浮上し、潜行位置等の情報を観測者のもとへ伝送しました。

 御手洗准教授は、「熱水噴出孔からの漂流物が深海水循環によって運ばれる可能性を検証できたのは今回が始めてです」と言います。

 チームはさらに、最先端の海流モデルと擬似的に作製したフロート・モデルを用いて、より大規模な幼生分散の定量化をおこないました。「海流モデルとフロート実験から得たデータを組み合わせることで、より具体的な幼生分散能の予測をおこなうことができます」と同准教授は説明します。

 

最先端の海流モデルを用いて、西太平洋熱水噴出域の潜在的幼生輸送を予測。表示されている数字は、380万年の間に起きる幼生輸送の予測回数で、これは、西太平洋の背弧海盆で発生する拡大の一般的活動期間(500~1000万年)と近いことが分かっている。矢印は熱水域間の関係性を示したもの。

 収集した幼生分散データを用いて、熱水噴出域に棲む生物が幼生期にどこまで移動するか、また、長い時間をかけてどこまで到達するかを推定することができます。さらに、幼生の移動能力を知ることは、ある集団から別の集団へと遺伝子が移動する「遺伝子流動」が、熱水噴出域に生息する生物の間ではどのような形で起きているかを理解するための重要な知見となります。

 これについて御手洗准教授は、「集団遺伝学を専門とする研究者が、遺伝子流動に関する仮説を立てるために役立つ具体的な背景情報を提供できました」と、語っています。

 集団遺伝学に関連するデータは、熱水噴出孔周辺に生息する生物の進化過程の推定や、そうした生物を海底資源開発から守る保全策の検討にも役立ちます。御手洗准教授は、環境保護の視点に立って次のように語っています。「今回の研究で得られた結果は、海洋生物学者たちによる実効性の高い環境保全計画の策定に役立ち、海洋掘削を伴う資源開発の影響から生態系を守る取組の強化につながるでしょう」。

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