液体ヘリウム上の電子がゼロ抵抗状態の理解を促進

液体ヘリウム上の電子に関するOIST研究が半導体のゼロ抵抗現象の理解に光明を見いだします。

Konstantinov Electrons on Helium

 半導体の集積度が2年ごとに倍増すると予測する「ムーアの法則」の終焉が、2015年エレクトロニクス分野で大きな話題となりました。従来のシリコン型技術では、半導体チップ1個に集積できるトランジスタの数と大きさが物理的限界に達しつつあります。一方、代替技術の進歩は、未だに広く実用化されるにはほど遠いのが現状です。「ムーアの法則」を復活させるためには、動作中に発生する熱や、半導体素子製造に用いられる材料の原子や分子の大きさなどの課題を克服しなければなりません。

 原子や分子の大きさを変えることはできませんが、熱の問題は克服不可能というわけではありません。近年の研究によると、半導体などの2次元の系は磁場とマイクロ波にさらされると電気抵抗が低下し、ゼロに近づくことが示されています。電気抵抗により失われるエネルギーは熱の形で放出されるため、電気抵抗を小さくすれば熱の発生が抑えられます。このような系で電気抵抗がゼロになる現象を説明するモデルや理論がいくつか提唱されています。しかしこの点に関して、まだ科学界で意見の一致は得られていません。電子機器に用いられる半導体は複雑で、半導体中で行われるプロセスの数理的なモデル化が難しいためです。

 そのような中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の量子ダイナミクスユニット(the Quantum Dynamics Unit)で行われている研究は2次元半導体について理解を深める重要な一歩となりえます。この度Physical Review Letters誌に掲載された最新の論文では、液体ヘリウム表面上の2次元電子系において電子が異例の動きをすることについて報告しています。

 この系の温度は、ヘリウムを液状に維持するため絶対0°C近く(-272.75°Cまたは0.4K)に保たれています。ヘリウムの電子軌道が外部の電子の影響を受けて少しずれることでヘリウムの液面がわずかに正の電荷を帯びるため、外部の電子が引きつけられて液面に結合します。一方自由電子は液面を通過するだけのエネルギーを持っていないため、液体中には侵入できません。結果として、この系には不純物が事実上存在せず、表面や構造上の欠陥、または他の化学元素の存在により引き起こされるアーティファクト(人為的影響)を回避することができるため、電子の様々な性質の研究に適したものとなります。そこでデニス・コンスタンチノフ准教授が率いる量子ダイナミクスユニットは、この系を用いてある状態から他の状態への遷移を規制する選択則に電子が従わない場合について研究しています。

 

実験用のセル
液体ヘリウム上の電子系実験が行われたセル(容器)

 私たちの住むマクロの世界では、ある状態から別の状態への移行を徐々に起こるものとして捉えています。例えば、ある人がA町からB町へ移動するとき、その途中で何度でも立ち止まることができます。しかし原子の世界では、そうとも限りません。エネルギーや位置、速さ、色などの性質はとびとびの値しか取れないように量子化することができます。言い換えれば、先ほどの人の場合、A町とB町のどちらかに存在することはできても、A町とB町の間には存在することができないのです。

 電子のエネルギーは量子化されるので、電子は特定のエネルギーを持つ準位に収容されます。量子論において、 強力な磁場をかけて電子の運動を1つの次元中に閉じ込めた2次元の系では、電子はエネルギー準位のはしごを一度に1段しか登れないと予測されます。ところが今回の実験では、電子がはしごを何段か飛び越して、一足飛びにより高いエネルギー準位にジャンプできることが示されたのです。「量子論の予測を打ち破るところなどめったに観測できません!」と、コンスタンチノフ准教授らはこの発見に興奮を隠せません。

 電子の常識外れな状態変化について調べるために、科学者たちは、液面に垂直に強い磁場をかけたうえで、この系にマイクロ波フォトンを照射しました。この条件下では、選択則は働かないようにみえます。コンスタンチノフ准教授は、彼が率いる研究グループはもともとこのような現象が起きる可能性を理論的に示していましたがこの度それを実証できた、と述べています。

 

液体ヘリウム上の電子系実験の概略図
電子の常識外れな状態変化について調べるために、科学者たちはヘリウム液面に垂直な強い磁場をかけたうえで、この系にマイクロ波フォトンを照射した。

 選択則では、完全に純粋で乱れのない均質な理論上の系を想定しています。しかし現実世界の系はもっと複雑なのです。ヘリウム上の電子の場合、純粋で均質な系ではあるものの、ヘリウムの液面は表面張力波により乱されています。表面張力波とは表面張力に関連して起きるさざ波のことで、小石を池に投げ入れたときに広がる円状の波紋に似ています。このようなさざ波の高さはわずか水素原子の直径分しかありませんが、マイクロ波の照射と組み合わせると理想系からのずれを生じさせ、選択則を変えるほどにもなるのです。

 量子ダイナミクスユニットの実験でモデル化された状態は、半導体において抵抗ゼロが観測された際の状態に似ていますが、ヘリウム上の電子系は半導体と比べて単純であり、極めて正確に数学的に記述することができます。そのためこの系の研究は量子物理学のさらなる発展に貢献し、電子や電気現象に関する理解を深めることにつながります。それだけでなく、ヘリウム上の電子系に基づくモデルは、少し調整を加えれば、2次元半導体などの複雑な系にも適用することも可能になります。

量子ダイナミクスユニットの研究者ら
本研究に携わった量子ダイナミクスユニットの研究者ら
本研究に携わった量子ダイナミクスユニットの研究者ら

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