ヨーロッパにいた熱帯アリ

データベースを使った化石と現生のアリ類の分布比較によって、生物多様性が各地域間でどのように変化したのかが明らかになりました。

 「想像して下さい。あるひとりの生態学者を何千万年か前のヨーロッパにタイムスリップさせます。そして彼に、足元のアリを見ていま自分がどこにいると思うか?と尋ねます。おそらく彼の答えは、東南アジア!でしょう。」と、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のエヴァン・エコノモ准教授は語ります。このたび Journal of Biogeography に発表された研究で、同准教授の研究チームは、化石と現世のアリ類の分布データを比較しました。その分析結果は、化石のアリたちがどこに分布する現生種に近縁なのかを私たちに示します。興味深いことに、ヨーロッパに4500万~1000万年前に生息していた種は、現代のヨーロッパの種よりも、むしろ東南アジアに現在生息している種に似ていることがわかったのです。

 エコノモ准教授の研究室の元博士研究員(ポスドク)で、現在は香港大学で教鞭をとるベノア・ゲナー助教、そしてレンヌ大学のヴィンセント・ペリショ(Vincent Perrichot)准教授を含む同研究チームは、なぜ特定のグループのアリ類が地球の限定された場所で見られるのか、そしてその分布が、時間経過とともにどのように変化したかについて研究しています。生物多様性の世界的分布を理解することは、生物地理学者や生態学者にとって最も難しい挑戦のひとつです。「多くの生物学者が、生物多様性は固定された画像だと考えがちですが、実際私たちが目にできるのは、長編映画のほんのワンシーンです。私たちはそのストーリーの全てをのみ込めてはいないのです。ただ、この生命の歴史という壮大な映画のスナップショットをもっと得ることができたら、そのダイジェストを再現する一助となるでしょう。」と、ゲナー助教は語ります。

 現在の生物多様性は何百万年もかけて進化しました。地球の生命の3分の2は無脊椎動物とみなされているにもかかわらず、この無脊椎動物を使っての大規模解析はまだ不十分です。「『現在』を理解するには『歴史』を知る必要があります」と、エコノモ准教授は語ります。研究チームの3人の生物学者は、アリ類の化石データベースと現生種の分布データベースの融合を試みました。現生アリ類の分布データベースには、1,060編の論文中の分布データ、4,000を超える採集地点データ、そして現生のアリとその祖先の地理的分布を比較するための化石データが含まれています。「近年まで、科学者はアリの化石の特徴を語ることはできましたが、膨大なデータを用いて定量化することができるようになったのは、最近の情報処理ツールの発達のおかげなのです。」と、エコノモ准教授は付け加えます。

 化石データと現生種の分布情報データ、これらふたつのデータベースの融合によって、私たちはアリ類における化石種と原生種の分布に、興味深い違いと類似性を見ることができます。例えば、かつてヨーロッパに生息し、今は化石として出土するアリは、現在ヨーロッパやアフリカに生息しているアリよりも、むしろ東南アジア、インド、オーストラリアのアリに似ています。新生代の大半の間、特に初期の6000万~500万年前は、地球は今よりずっと暖かかったのです。ヨーロッパを含め、地球はほとんど熱帯林で覆われ、南極大陸にすら植物が生えていました。当時のヨーロッパは現在とは全く異なる生態系を持つ熱帯多雨林でした。その後、気候の変化、大陸の移動、生態的な変化により、ある地域では大規模な絶滅が起きました。暖かい気候に適応したアリたちは、涼しい気候で生き延びることができませんでした。データは、大陸スケールでの大規模な絶滅の証拠も示しています。例えば、かつて世界中に分布していたある種は、今はスリランカのみにしか生息していません。

 これらの結果は、科学者が地球上に生息している生物と絶滅した生物間を系統づける「生命の樹」についての解釈を深める一助となります。ゲナー助教は、「過去の気候、そして気候変動によって、どのように生物群集が形成されたのかをより深く解明することができれば、生物多様性の将来を、現在の気候変動のシナリオで読み解くことができるかもしれません。」と、語ります。

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