量子の世界を移動

C.M.チャンドラシェカー研究員とトーマス・ブッシュ准教授は、同時に2つ以上の場所に存在できる粒子の動きのシミュレーションをしています。

   粒子1個の挙動をシミュレーションし予測することは物理学において難しい問題です。何しろ粒子は非常に微小でリアルタイムでの観察は通常不可能だからです。さらに事をややこしくさせるのは、粒子は量子力学の法則に従うため、同じ1つの粒子が2つ以上の場所に同時に存在し得る、「重ね合わせ」と呼ばれる現象です。このような量子性を持つ粒子のふるまいを明らかにすることは物理法則の本質的な理解を深めるためには不可欠です。トーマス·ブッシュ准教授率いる沖縄科学技術大学院大学量子システム研究ユニットのC.M.チャンドラシェカー研究員は、個々の量子的な粒子がどのように移動するのかを理解するため、数値シミュレーションとそれにもとづく理論解析を行っています。その最新の研究成果が2014年10月10日付でネイチャー姉妹誌のScientific Reports誌に掲載されました。

   量子系のシミュレーションの最初のステップは、量子的な粒子の運動を支配する非常に基本的なルールを見出すことで、その後段階的に複雑度を増し加えていきます。チャンドラシェカー研究員は、粒子が格子上を移動する模型を考えました。経路を組み合わせて設計されたこの格子は、区画整理された街のようにも見えます。粒子が前方に移動すると、右折か左折かに分かれた交差点に接近します。しかし量子力学の法則の下では粒子はどちらか一方を選択する必要はないので、両側に進み、その結果2つの場所に同時に存在してしまうのです。次第に粒子が通った道は分岐した網目のように見え始めます。格子上の離れた地点へと続いた道もあれば、重複して同じ地点に行き着いた道もあります。同じ地点に到達した場合、その重複した経路どうしは、「弱め合う干渉」として知られる現象によって互いに打ち消し合うか、または「強め合う干渉」と呼ばれる現象により加算されることになります。粒子が移動し、その経路が干渉しあうこの運動は物理学者の間で量子ウォークとして知られています。シミュレーションが終了すると、同研究員はデータを統合し確率分布を導き出します。確率分布とは、ある特定の瞬間に粒子1個が格子上の各点に存在する確率を表したグラフです。

   チャンドラシェカー研究員は、様々な形の格子系で量子的な粒子の移動のシミュレーションを行い、それぞれの場合において確率分布を解析しました。特に興味があるのは、粒子が先に進めない壊れた交差点が組み込まれた複雑な格子です。各シミュレーションにおいて、同研究員は粒子のダイナミクスを数学的に記述し、対応する確率分布を導き出す方法を発見しました。「粒子が位置する確率が高いのは、ある特定の場所付近になります。可能性としてはどこにあっても良いはずなのですが。」と同研究員は言い、「その原因となっているのが量子干渉なのです」と説明しました。このプロセスを説明するモデルの構築に成功した同研究員には、量子ウォークを逆行することも可能です。つまり、逆に確率分布から始めて、粒子の出発地点と移動経路を予測することもできるのです。

 「区切られた空間であれば、全て格子状だと言えるでしょう」とチャンドラシェカー研究員は述べた上で、「しかし、多くの場合かなり複雑です」と語りました。連続的な空間はどのようなものでも、断片上に位置づけることで格子化し、簡素化できます。その後、これらの断片の間にある隙間を極限まで小さくしシミュレーションを繰り返します。「最終的には断片間の間隔をゼロにします」と同研究員は述べ、「そうすると、元のつながった空間に戻るというわけです」と説明しました。

   量子的にふるまう粒子のダイナミクスを解明することは幅広い波及効果をもたらします。例えば、量子コンピュータの研究が進み、同じ量のメモリと電力を使いつつも処理・格納する情報量を増やすことが可能となります。また、複雑系における電子またはエネルギー輸送の原理の理解につながります。六角形格子を用いたシミュレーションでは、同じ六角形格子構造を持つグラフェンや、それが丸まったカーボンナノチューブのデザインといった、ナノ科学の一端を説き明かす可能性も秘めています。、 「何らかの結果を見て、『どうしてこうなったのだろう』と考えることがあるでしょう」と話す同研究員は、「まだ解明されていないプロセスの背後には、量子ウォークが潜んでいる可能性があります」と締めくくりました。

 

ラッシュ ポンツィー

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

シェア: